時を超えるBeatles

2006年12月16日 11時35分 | カテゴリー: 日々雑感

教育の憲法が改正された夜に

昨晩、疲れて家に帰ると、誰もいない照明をしぼった暖かい居間の中に、Beatlesがあふれていた。心底ほわっとして、体が少しかるくなった。Beatlesの「新盤」、話題の「LOVE」だった。聴きなれたジョンやポールの声が響く。私の好きな「Abbey Road」の曲が多い感じだ、出窓のクリスマスツリーのライトの点滅を見ながら立ったまま何曲か聴く。
息子のパートナー祥子さんが実家の父上から拝借してきたCDを流しておいてくれたのだ。私たち家族の周辺で共通のもののひとつ、世代を超えて当たり前に聴かれるBeatles。アレンジに「おや?」と思うものはあるけれど、時間を巻き戻してくれる。初めて自分で買ったレコードはウィーン少年合唱団で、その次がBeatles、雨の日に買いに行って、大事に抱えて帰って、部屋で「Girl」を何回も聴いた、14歳か15歳の頃。よく出かけた軽井沢の星野温泉にかけてあったジョンとヨーコとショーンの写真。ジョンがダコタハウスの前で暗殺された日、夫の仕事場からの電話で「ジョンが死んだよ」と聞いた。

不条理と、平和と愛と。Beatlesのヒストリーは、それぞれの人のヒストリーに重なる。論議が尽くされないまま改正教育基本法が可決され、東村山駅西口再開発の今後の「つけ」の大きさを考えさせられ、気落ちする昨日の晩に、自分がどのように、誰と、考えたり、笑ったり、怒ったりして生きてきたかを想い出させてくれた。そうだ、こうやって生きてきたんだ、気張らず、正直に、私自身に嘘をつかないでやっていこう、と小さくこぶしを握ってあらためて思った夜。(大塚恵美子)