企業の辞書に「食の安全確保」はないのか

2007年1月17日 16時21分 | カテゴリー: 食の安全

思えば消費者の権利などないに等しい時代に私は育ち、着色料だけで出来た粉末ジュース、チクロ入りのお菓子、赤色2号のウィンナーソーセージなどもたっぷり食べた。給食のコッペパンと脱脂粉乳だけはどうしても嫌いで、教室の窓から捨てたりしたけどね・・・そういえば、よくお腹をこわして、整腸剤の「強力わかもと」とか飲まされたし、つまり、食品メーカーと製薬会社は「おともだち」ということか。
不二家のペコちゃんだって大好きだった。よく頭をなでたし、ショートケーキもチョコレートパフェもミルキーも、それはいっぱい食べた。
時代は変わったが、企業の構造、企業倫理に変わりはなかったのか。
誰でも知っている「信頼」のお菓子メーカーが、お菓子の命綱、乳製品や卵類の消費期限、賞味期限切れ原料を使用し、お決まりのことだが組織ぐるみで行い、隠蔽してきたことが明らかになった。そして、またしてもお決まりのトップの辞任。利益優先、合理化などが要因だったことは察しがつく。

どんなに工場内にねずみが走り回って不衛生でも、多少期限が過ぎていても、消費者が気付かない程度なら許される範囲、そういう論理だろう。
企業のコンプライアンスが問われる時代だが、食品製造はより高い社会的責任が求められなければならない。にも拘らず、経営効率、市場原理、過当競争などが優先され、消費者あっての安全な食品の提供がとっくに忘れ去られているのか。
BSEや遺伝子組換え食品、雪印事件も同様の考えに基づく。命を育む食べ物というより大量生産される工業製品と変わりがない。

トレーサビリティや食品安全を監視する体制も十分とはいえないし、消費者の権利の保障が確立されたとは言い難い。国をあげての「食育」の前に基本的にやることがあるのではないか。
食品安全条例の運用や食品安全委員会の機能の実効性も高められなければならない。目の前から、成り立ちが見えなくなればなるほど、安全確保は遠のきがちだ。フードマイレージを重ねるわが国の食糧事情、自給率の低下と無関係ではなく、ひとつの事件が示したことは将来への警鐘だ。(大塚恵美子)