教育再生会議は誰のためのものか・その1

2007年2月20日 02時32分 | カテゴリー: 子ども・教育

やっぱり子ども不在の縄張り争い

安倍首相の思いつきによる教育再生会議。何に重点をおくのか、明確でないまま、第一次報告と教育改革案がまとまってしまった。この第一次報告を受けて、教育関連3法案(地方教育行政法、教員免許法、学校教育法)の審議が中央教育審議会で始まった。当初より教育再生会議の位置づけがあいまいで中央教育審議会との役割の整理ができていない、と指摘されてきた。しかも、再生会議の主題は多くの国民にとって関心の高い教育問題であるにも関らず非公開であり、さらに方向性を見えにくくしてきた。
今、首相の諮問機関・教育再生会議と規制改革会議、文部科学相の諮問機関・中央教育審議会の3つが、とてもぎくしゃくしている。異論が続出し、首相の足元で意見の対立が際立つ。やっぱりねえ。
物議をかもす再生会議の第一次報告の7つの提言と4つの緊急対応。読めば読むほど憂鬱になる代物だ。「社会総がかりで教育再生を〜公教育再生への一歩〜」として、ゆとり教育見直しと全国学力調査のスタート、いじめている子に厳しく対処、「父母を愛し、兄弟姉妹、友を愛そう」!!「頑張っている教員を徹底的に支援し」「不適格教員は教壇に立たせない」教員免許更新制、教育委員会の権限見直しと第三者機関による教育委員会の外部評価制度などが「美しい国」への教育再生の道だそうだ。どのような効果があるかは不明だが、教員免許の更新制については今に始まったことではなく、既に中央教育審議会の答申を受け、法案化に向け作業が進んでいる。教育委員会改革案については、文部科学相の教育委員会に対する「是正の指示」など国の権限を強めることや教育委員会の第三者評価機関の設置に関して、規制改革会議や知事会、市長会が地方分権に逆行しかねない、と強い懸念を示し、抗議や見解が出されるに至った。おやまあ!

空虚だ。子どもが置き去りにされている。競争原理をさらに導入し、教育格差を助長することになるだろう。管理は強まり、学校は窮屈なものになるだろう。
1994年に批准されたはずの子どもの権利条約のかけらも見出せないし、やらせのタウンミーティングにお金をかけても、子どもの意見表明権など念頭にない。子どもの最善の利益にこころをくだく大人がいなければ、再生ではなく押しつけであるだけだ。子どもを生きることは、なんと多難なのだろう。
公教育は、生まれてきたひとりひとりの子どもの育つ権利に着目しなければならないと思う。(大塚恵美子)