図書館協議会を「卒業」するにあたって

2007年4月12日 23時52分 | カテゴリー: まちづくり

 東村山市立図書館協議会委員としての活動も12年が経った。今期で役目を終えることとし、この数年をふり返ってみる。
 1974年の中央図書館の開館と同時に発足した図書館協議会だが、市民参画の場として形骸化することなく、その都度、丁寧な議論をすすめてきたと思う。
東村山の図書館の成立ちは、設立に際して、市民が図書館理念や運営方針、設計に関することまで議論することができた画期的な専門委員会制度に象徴される「東村山らしさ」が特徴だ。そのことを前提に1999年には図書館法改正に伴う「図書館長の司書資格要件」改正が議論され、図書館長の役割・専門性の考え方が問われた。協議会の結論は、理念に基づく市独自の条例が尊重されるべきとし、館長資格要件を条例に残した都内唯一の事例となった。

東村山駅西口再開発に伴ういわゆる「100mビル」の2、3階を占める公益スペースの活用について、図書館施設の展望を含め意見を求められたが、協議会は、情報拠点、滞在型の図書館の実現に駅前の複合施設は適切ではない、と判断し公益スペースへの「入居」を選択しなかった経過もある。

「子ども読書活動推進計画策定協議会」副会長兼務の時には、子どもが本と出会える機会を充実させる目的をもつ全市的な子どもの読書行政の実現のため、学校、地域、関係所管の横断的な取組みの核は図書館であるべきとの提言を行った。

そして、ここ直近では、民間活力による図書館運営のあり方を検討してきた。図書館において日本初の指定管理者制度を導入した山中湖情報創造館(山中湖村)や、PFI活用の稲城市立図書館見学などを経て自主的に議論を重ねた。安定した継続性への疑問や、今までの図書館運営による蓄積された専門性の損失、民間代行への評価システムがない、コスト削減による公正といえない労働などの観点から課題があまりに多く、わがまちの図書館運営に短絡的な民間活力導入はそぐわないとする結論に至る。

今後も、中央図書館の建替えなど課題は尽きないがバトンを委ね、私は別視点から応援を行うつもりでいる。(大塚恵美子)