誰にでも訪れる「終末」をどう迎えるか

2007年7月23日 08時06分 | カテゴリー: 自分らしく生きる

終わりよければすべてよし

先週観た羽田澄子監督の映画「終わりよければすべてよし」は、日を追うごとに考えさせられる。誰もが迎える「終末」を、日本人の80%が病院で、延命治療を施されながら過ごしている、という現実。そして、療養病床の全面廃止が近づいている。
私の夫は、肺がんを患い、西洋医学の手に負えなくなった時点から、自宅で2ヶ月半、以前と変わらない生活をし、亡くなった。亡くなる数時間前に、緊急処置が必要となり、かかりつけの病院に搬送され数時間での逝去となったが。ホスピスも考えながらの自宅での療養。でも、往診の医師も看護師も、持たないまま、病院とのやり取りで過ごした日々は、やはり不安な面も大きかった。本人の意思としても、家族は後で悩むことになる。
夫の病状と平行して姑は、要介護4に加え認知症も患い、私一人では支えきれず、終末を病院の療養病床で体にチューブなど装着して亡くなった。この状態は人間らしい、とは決して言えず、私はまた悩みながら毎日を過ごした。
映画では、日本で、24時間対応の往診体制をとる会員制の「ライフケアシステム」や岐阜県池田町のケアセンター(特養)「サンビレッジ」のターミナルケア、介護と看護の在宅医療を行う栃木県の「アスムス」の活動が紹介された。やはり、日本では最先端でも数ケースきり安心して自分の居場所で、在宅で死を迎えることは出来ないのだろう。
昨年5月に視察をしたスウェーデンは、医療と福祉の融合「エーデル改革」により施設を廃止し、医療、介護を必要とする人のための「住まい」に転換してきた。その中でも「ASIH」という高度な在宅医療チームのターミナルケアへの取組を見てきたが、映画でも紹介されている。私たちが直接、話を伺ったイングリッドさんというチーフ看護師がクローズアップされた。視察した時に、この国でなら、安心して生き、死ぬことが選べるのだ、という実感を得た。24時間きめ細かな往診体制を取る医師と看護師とヘルパー、このチーム体制が在宅での終末を支える鍵だ。しかも、国が定めた個人負担は医療と医薬品を合わせても年額で5万円以下だ。
映画では、個人の方々の終末を迎える姿が映されたが、どの方々も安心した表情が伺え、特にオーストラリアやスウェーデンの方々の、高齢とは思えぬ美しさと毅然とした姿が印象に残る。命の尊厳、まさにそのことを考えさせられ、これからの日本の行く道をどうにかしなきゃ、と考えさせられる問題提起の映画だ。(大塚恵美子)