「食の安全」に取組んだ生活者ネットの20年

2007年11月16日 00時48分 | カテゴリー: 食の安全

繰り返される老舗の背信行為、食品偽装が後をたたない。命や健康よりも経済効率、利潤の追求に走るブランド。食品安全基本法など国のチェックが追いつかない、機能しない。
東京・生活者ネットワークと生活クラブ生協は、1986年のチェルノブイリ原発事故後に放射能汚染食品に対する自主基準値を設け、放射能汚染されたお茶を、食の安全への警鐘として、缶詰にし、今尚保管し続けている。
20年前の出来事から始まる活動を再確認する学習会が、東京ネットで開かれた。講師は、世田谷ネットのローテーション議員で現在、東京市民調査会室長の森川礼子さん、彼女は昨年まで私のボスだった方。森川さんの話は活動の歴史を彷彿とさせてくれた。
命をつかさどる毎日の食の安心、安全を保障するための取組みとして、食品安全条例制定の活動、1989年の東京都への直接請求運動は、55万筆を集めた。しかしながら、否決となる。多くの人や役人は、食の安全や生活者の声などにまだまだ無頓着な時代だった。その後の議会活動の成果として、ベビーフードの残留農薬検査、遺伝子組換食品の表示に関する意見書採択、食品安全基本方針改定などの取組みにつながる。
時を経て、2001年のBSEや食品偽装表示、O157など食の安全を脅かす危機に対し、やっと重い腰の上がった国が食品安全基本法を制定したのが2003年。そして、生活者ネットワークへの石原知事の議会答弁から東京都が2004年、食品安全条例を制定。運動から15年、時代がようやく追いついたということなのか。しかし「消費者の権利」や申し出制度が盛り込まれなかったことは残念であり、企業におもねった不徹底さを露呈している。いまや、18都道府県が条例をもつ。しかし、後をたたない食を軽んじる問題。企業のモラルだけを期待することでは安全神話である。消費者が食品や嗜好品に対し、歪みを生じさせる過剰なニーズはないか。本能としての味覚や嗅覚を失い、簡単便利を偏重しすぎたつけが、食品業界を競争に追いやり、麻痺させたのではないか。
ないがしろにされた生命への問題に、「おかしい」という声を発信し続け、安全の確保、未然防止、体の小さい子ども対象の基準値づくりなどの提案を行い、消費者である市民の自治の力を涵養してきたことが生活者ネットワークの活動の真髄だ。
森川さんは、食の安全の取組みの延長線上に、ネットの要望を下地にし東京都がつくった「化学物質子どもガイドライン」をあげられた。塗料編、室内空気編、殺虫剤樹木散布編、食事編、これを身近な自治体で認識、活用し、子どもに負荷を与える環境を除外していく思いを新たにした機会となった。(大塚惠美子)
〔写真は、森川礼子さんと、汚染茶缶詰と子どもガイドライン〕