コミュニケーションにどうして利用者負担が生じるの?

2007年12月14日 23時57分 | カテゴリー: 自分らしく生きる

厚生委員会の研究課題のひとつに「コミュニティ支援事業」がある。自立支援法に基づく地域生活支援事業の必須事業として位置づけられ、聴覚、言語音声機能障害等のため意思疎通に支障がある障害者を対象とした事業だ。手話通訳派遣事業や要約筆記等が該当する。2001年の厚労省の調査によれば、コミュニケーション手段として、手話・手話通訳が15.4%筆談・要約筆記が24.6%だ。当市では、既に手話通訳者派遣事業が制度化され、利用者負担を定めている。あたりまえの社会生活を行うために欠かすことのできないコミュニケーションに支障がある方々へのツールの提供は当然必要だ。不利益をほったらかしにしない、ギャップを出来うる限り埋めるような施策が福祉であろう。それなのに、当市は、自立支援法にのっとった「公平な負担」有料化をいう。
「健常者」といわれる人なら何ら阻害されることのない、権利としてのコミュニケーション、それが障害のある人だけコミュニケーションするための「手段」を買わなければならないなんて、対価を支払わなければならないなんて、納得がいかない。
今回、聴覚障害、難聴の方々の会と障害福祉課等との5回に亘る情報交換会の中で、要約筆記者派遣事業が制度化、規則が示されることになった。次年度実施に向け、制度化が最優先されたことに異論はない。けれど、派遣対象の限定、営利活動や宗教活動、政治活動が除外されることに違和感がある。憲法で保障されている思想信条の自由が侵されることになる。生きるということは、営利にまつわることなど当然であり、宗教を持ったり、政治に感心を深め参画する権利がなぜ制限されなければならないのか。なぜ「福祉」の名で阻害するのか。
そして、有料化だ。不利益を埋めるのが福祉の仕事ではないか。違和感を通り越して、怒りを感じる。コミュニケーション事業だけではなく、障害者自立支援法自体の自立を支える就労や社会生活の維持のための基盤整備を後回しにして、利用者負担だけを先行させる精神が本当に情けない、哀しいのだ。
手話を通しても、ノートテイクや要約筆記の手段を使っても、伝えたい内容、微妙な言い回しなどは残念なことに十分に伝えることは難しいのだ。そこでも既にギャップが生まれている。それなのに利用料をとることが公平?
「障害者の権利に関する条約」に日本は9月に署名している。法整備、環境整備を進めなければならない。財政課題として自立支援法を導入した日本のやり方は国際的な流れに逆行している。法整備が整わない中、一自治体ではどうにもならない、と言われるが、現場の声を受け止めるのが自治体の役割だ。差別を放置するようなやり方は断じていただけない。
急がれるのは有料化ではなく、ようやく動き出した自立支援法の抜本的見直しに加え、手話や要約筆記者の育成、講習の機会の拡充、そして差別を生じさせない啓発であろう。(大塚恵美子)