「障害のある子どもたちの放課後」についての懇談会

2008年2月5日 10時01分 | カテゴリー: 子ども・教育

サーバー移転等の関係で更新遅れました。ちょっと古い話になってしまいますが・・・
節分、暦の上では季節がうつる日だが、夜半からの雪で一面の銀世界。午後から、「障害児保護者連絡会」の皆さんとの懇談会に出席した。
当市の児童クラブの障害児枠とされるものが35、その枠が16の児童クラブに散りばめられ、希望する身近な児童クラブに通えない、兄弟姉妹で別々の児童クラブへ通所、など保護者の方の苦労、あまりに子どもが主体でない施策の歪みを直接に伺う機会となった。通所が困難なクラブへ在籍させられ、移動の手段であるスクールバスを22年には廃止の方向と聞くが、アクセス権を保障しない現実を所管はどのように把握しているというのだろうか。
また、特別支援教育の副籍制度のことも話題にあがった。「養護学校に通学していても地域の子ども」という理念であったはずだ。東村山では、地域の学校との行き来(しかし送迎は保護者なのだ・・・)までは進まず、まだ「学校だより」等の間接的交流の段階だが、「たより」も行事が既に終わった時点で届くなど、お寒い状況だと聞く。学校と個人が様々な手法を使って交流・コミュニケートを諮ることが副籍の狙いであろうが、「個人」が出過ぎると抑制がかかる事例も聞き、教育の名の管理がそんなに大事なのかとがっかりする。超党派の議員が参加した今日の意見交換をこれからの具体的な展開につなげたいと思うが、「財政難」を子どもの領域に振りかざすことは許しがたい。

広い中央公園を通って雪遊びをする人たちを見ながら家路につき、雪かきを終えた家族とお茶の時間。暖かい部屋で熱いお茶を手にして、ゆきだるまやそりすべりの話に笑い、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲(諏訪内晶子の絶品の)とピンク・フロイドの「アトム・ハート・マザー」を聴く。雪の日になぜか似合う。
Rayにウクライナ民話の「でぶくろ」をよみきかせし、カリジェの大型絵本「大雪」を開く。スイスの山村の空気までが感じられる絵に久しぶりに魅入る。

しかし、なんだかずっと心が塞ぐのだ。今日、伺った、子どもたちの現状がどうしても頭を離れない。特別支援教育が実施されても不利益がどんどん放置される。自助努力で、といわんばかりだ。話を伺いながら、ニュージーランドやフィンランドなどで見聞きした障害のある子どもたちと「共に生きる」ことをめざした施策のあれこれが去来する。豊かな専門性ある人の配置、同じ学校、教室での学びの保障、通学バスで連れまわすことを避けたタクシーでの登下校(バスの維持よりコストも少ないそうだ)や保育園での一人一人の子どもに計画された保育の有り様が思い出されてならない。
今の子どもの現状、弱い立場の子どもの最善の利益がどこに保障されているのか。「子どもの権利条約」への批准は嘘である。(大塚恵美子)