やきものの里を廻る

2008年2月14日 01時21分 | カテゴリー: 日々雑感

連休に、娘とパートナーが「やきもの」や絵付けを学んでいる佐賀の有田、伊万里を訪ねた。
福岡空港から特急で1時間半余り、黒髪山系の山々と有田川、伊万里川と段々畑や棚田に囲まれた有田。レンガの煙突、黒い瓦屋根の建物が目立つ。廃屋もあるが、大小数え切れないほどの窯元があるという。有田町は、条例で高い建物が建てられない規制があるそうで、マンションやビルなどのない里山の風景だ。
市街地には、「どんばい」という登り窯の廃レンガを埋め込んだ低い塀が残る通りもある。柿右衛門、井上萬二、今右衛門(先代)といった人間国宝の工房や展示館、店舗が軒低く連なり、磁器である有田焼・伊万里焼の小さなお雛様が飾られている店舗は、染付、色絵、金襴手のものありでさまざまな個性だ。
車で鍋島焼の藩窯の地、大川内山を訪ねる。みぞれが時折降る寒い日、山々はじっと耐えているようすだが、蝋梅や紅白の梅、野生の水仙があちこちに咲いて、早い春の気配がする。鍋島藩が朝鮮半島から連れてきた陶工たちが逃れられないよう、外部から作陶が知られないよう山に囲まれた秘められた場所だったそうだ。登り窯もあり、坂道の両側に窯元の直売所が並び、覗いて歩く。鍋島焼の余白を残した繊細にして斬新な絵付けと色に圧倒されるが、何軒も訪ねると、いいもの、好きなものがわかってくる。
波佐見焼の地(長崎県)では、閉じた窯元の何棟もの建物が残る敷地全体を若い芸術家たちが買い(借り?)受け、そのまま工房として使ったり、おしゃれなカフェやとても東京では見られないほどのセンスのいい雑貨の店やギャラリーとして使っていて、若いお客さんがひっきりなしにやってくる。若い人がほとんどいないという過疎地となっている「やきものの里」だが、外部から住み着く人たちが街を少し変えつつあるようだ。娘たちもそういった外部からの転入者だ。
佐賀県立の九州陶磁文化館を訪ねる。シンプルかつ豪壮な館の中では、やきものの歴史や磁器、陶器の違いや窯詰めや工程を学び、そして古くからの名品中の名品を眺める。古いものの意匠には驚くようなものがあり、また国宝級の作家の作品は、やはり美しい。
朝鮮から連れてこられた李参平という陶工が発見した泉山磁石場に行く。黄色い岩肌がむき出しになった山がざっくりと削られている。「400年でひとつの山をやきものに変えた」といわれる場所だ。今では、天草に良質の磁石場が見つかり、そちらを使って有田・伊万里焼も作られるそうだ。
唐津に、親子作家である中里隆、太亀さんの隆太窯を訪ねる。工房や住まい、ギャラリーが、広い斜面に建ち、山や段々畑の傍らにある静かな場所だ。普段使いにいい唐津焼を手にとってじっくりと眺めると、とてもいい。太亀さんの小さな粉引の白い器を買った。
そして、武雄の里に「登り窯飛龍」の作業を見に行く。窯詰めだけで4日、そして火入れから4日間焼き続けられ、1240度の真っ赤に焼けた窯の中にアカマツの薪がくべられる所を見る。6000個の器を一度に焼く4つのレンガの「部屋」が斜面に繋がり築かれ世界最大級の驚くほど大きい窯だ。今も夕暮れの中の炎の赤さが目に浮かぶ。
やきものの里を廻り、海に遊び、そして娘たちの新しい暮らしのつくり方を知ることのできた、つかの間の休日となった。(大塚恵美子)