市内の中学生逮捕の衝撃

2008年3月8日 22時55分 | カテゴリー: 子ども・教育

昨日、市内の中学生4人が恐喝で逮捕されたことを新聞報道で知る。同級生の男子を脅し、3000円を奪い更に脅迫をしたということ。加害者も被害者も同じ14歳。他人事ではなく、寝ても醒めてもうなされているような気分だ。
携帯メールの匿名のやり取りから、犯罪が引き起こされた。自分であって自分でない匿名のバーチャルの世界。ツールに踊らされてしまいゲームの延長でエスカレートしていく満たされない遊び。架空世界の闇の深さをみる思いだ。人を出し抜く、他者を貶め上手に出る。おとなの世界そのものだ。
議論不在の駆け引きの世界と化した国会の様相もそうだ。イージス艦の怠慢と驕りの象徴といえる隠蔽合戦。毒物混入の輸入食品を廻る国と国の対応の平行線。新銀行東京の予測されたデフォルト率など無視して続ける意地のかたまりの出資、互いの責任の転嫁。
子どもはみている、感じている。なんでもOKなんだな。抜け目なくいくことを肌で感じ取る。やっぱり縮図なのだ。
大企業の合併に次ぐ合併、過当競争。経済活動に疲弊した社会。誰が幸せになるのか。自分はそこには属さないだろう、という社会の先行きのなさを感じ取るだろう。

それでも、事件にみる恐喝は卑劣な行為だ、被害にあった子はどんなに恐ろしかっただろう。許される行為ではない。でも14歳で逮捕か・・・過ちはあるが、14歳だ。この事件は、加害者も被害者にも歴然としたレッテルが貼られ、本当に更正をさせたいのだろうか。再起をさせたいと思っているのか。誤解を恐れずにいえば、みせしめ、のように思う。おとなからの脅しだ。
低年齢化する犯罪の抑止力は断じて脅しではないはずだ。教育に効率の追求だけでない手立ては打てたのだろうか。教育にかける人、コストはどうだったのだろうか。部別ごとの経費削減、一律のマイナス・シーリングの予算でいいのか。
当事者の子どもだけではない、その家庭だけの問題ではない。他人をやっつける、ことだけが人生ではない、って当たり前のことをどうしたら伝えられるのか。向かい合えるのか。(大塚恵美子)