「きものはからだにとてもいい」のです

2008年5月16日 21時08分 | カテゴリー: 日々雑感

五月晴れ、もう単衣を着よう

今日は8時半から一日忙しかった。そして、世界中が余りにも不幸で理不尽なことに溢れすぎて落ち込みっぱなし。気分転換でもしないことには、だ。
10年くらい前から着物を着るようになった。ことさら関心のなかった着物を、突然、着たい!と思ったのが始まりだ。昔着物のコレクターで知られる池田重子さんの展覧会に驚いたのが大きなきっかけ。着物ってこんなにすごいものだったのか・・・昔着物の意匠はすばらしく、日本の色も美しい、組み合わせで現代に充分通用するではないか。それから、アンティーク着物を扱う代々木の灯屋さんを知り、紫の銘仙の着物を買う、一万円だったか。裏が紅絹の大正か昭和初期のもの、ということだった。当時の同僚、千鶴子さんは、着付けの先生でもあり、「ぜーんぶ絹でできてるのよ、パーティドレスだったらこの値段じゃ買えない。拡げて部屋にかけとくだけでもいいじゃない?」と囁いたのだ。
少々痛みもあるが大好きなので何回も着た。娘も大学の卒業式に袴の中に着た。着物って真に自由自在、年齢や体形にもさほど関係なく着られ、人から人へ伝えられる、この着物は一体何人が袖を通したのか。
着物に関する本もよく読む。最近読み終えたのが、三砂ちづるさんの「きものとからだ」。津田塾大学の国際関係学の教授で「オニババ化する女たち」の著者である三砂さんは、或る日、着物を着る、と「決意」し、それから本当に毎日着物を着ているのだそうだ。最初は試行錯誤もあったようだが、決めたのだから、と着る。日本の気候や暮らしの中から生まれた衣服だから理に適う。身体を冷やさないし、身体がこの上なく生き生きしてくる、身体が変わる、そう「きものはからだにとてもいい」という。そうか、そうなんだな、確かに、紐をあまり使わず着物を着て帯をしめると、自然に姿勢もよくなるし、しゃっきりするし、気分が晴れ晴れするんだよね。身体が喜んでいるわけだ。
以前読んだ故・鶴見和子さんの「きもの自在」には、社会学者として活躍されながら着物を教鞭はもとより日常的に着られたことが書かれていて、山登りも着物で、にはびっくりした。半身が不自由になられた後も二部式の着物をお召しになったことを知る。鶴見さんは、「日本の名随筆・着物」も編まれ、どの文章も美しく興味深い。そのご本で上野千鶴子さんも着物を着られることを知り、つい最近、着物姿ですてきに笑う上野さんの写真を拝見し、「ゆったりしたいい着方だな」と思った。
とはいうものの、私自身はしょっちゅう着るわけではないので、着ることが一向にうまくならない。娘がいた時は着せてもらったし・・・だって上手に着せるんだもの、本当にたいしたものだった。今は着てみて、変だな、と思うと、師匠に電話する。「どうしよう、帯がうまくいかないのっ」。「すぐいらっしゃい、待ってるから」。草履を突っかけて行く。そんな時に限って知人に会う!「まあ、お着物、すてき」わっ、見るな、後ろを見ないで・・・
私は古い着物や帯を選んで買うことが多く、高い着物を買うわけではないし、師匠のほかにも着物好きの友人などにも恵まれ、ルールにも囚われすぎず、心身が満足するこんなにいいものに出会えてしあわせである。息苦しいことの多い時勢だが、よっしゃ、やるか、という気にさせる着物、着てみようよ!何かが変わること請負います。(大塚恵美子)