「人は誰でも愛される権利がある」コスタリカの実践

2008年7月20日 16時37分 | カテゴリー: 政治を変える

「くらしと制度をつなぐ会」の憲法の会へ

19日、川崎市の信頼する旧知の女たちが企画した「もっと身近に憲法を!」に参加した。2週連続というパワフルな企画で今回は「活憲の時代 コスタリカから9条へ」を伊藤千尋さん(朝日新聞社)から伺う。いやあ面白かった! 不謹慎?そんなことないでしょ。抜群の知りたがり屋の記者が体当たりでコスタリカ、南米諸国、アメリカなどなどを取材したパワーが炸裂し、明快で人を惹きつける。使わなきゃ損じゃん憲法って、という思いが無理なく押し寄せる。

最初にDVDで「軍隊をすてた国」のドキュメントを観る。中米にあるコスタリカ、人口400万人の国が100万人の難民を受け入れ(どっかの国、耳塞ぎなさんなよ)、貧しくても、大事なのは教育、「人は誰でも愛される権利がある」と映像の中の子どももおとなも語る国。伊藤さんが口火を切られたのもコスタリカ、内戦の負の遺産を超え、新しい国づくりと戦争ができないしくみ、軍隊を廃止した1949年の平和憲法制定。このことはよく知られてきた。
しかし、実はびっくりすることばかり。兵器や軍事費に使われた30%の国家予算を教育費に転換し(現在は総予算規模が拡大したため21%)、兵士の数だけ教師を生んだ!
そして「平和の輸出」。自分の国だけ平和ならいい訳ではない、周辺国の内戦にも対話をもって解決の道を開いてきた。憲法を使い、回りの国も平和にする、その源は教育から。憲法を活用し、対話のある授業、教育は子どもの自立のためにある、という国の理念だ。
「人は誰でも愛される権利がある」ということは「基本的人権」の保障だ。「国に愛されていない」となれば、誰でも「違憲」の裁判ができるという。2004年に高校生の訴えた違憲訴訟も勝訴し、アメリカのテロとの戦いに同意するかのような疑いをもたれた大統領は謝罪し、アメリカに訂正を出した、ということも。法律も使われるためにわかりやすく、裁判の手続きも呆気にとられるくらい簡単、一年で解決がつく。
選挙も身近で投票率は80%。日常のいたるところで憲法は活かされ、憲法を使って国をよくする・・・そうだよね、飾りじゃしょうがないよね憲法は。知らなくては活かせないよね憲法は。永世中立国の宣言をしたコスタリカでは、信頼される自分たち、侵されることのない自分たちへの道を国民が切り開いてきたといえる。国民不在の国家のためではなく。
コスタリカ以外にも南米ベネズエラ、チリでも憲法を使い民主主義を一歩でも身近に実現させる国民がちゃんといる事例を伺う。戦時中のアメリカでも日系人強制収用を米国憲法に違反すると闘ったアメリカ人写真家、現在の韓国の米国産牛肉反対デモも掲げるのは憲法。伊藤さんの話は、その時点に居合わせたような臨場感がある。

うらやんでばかりもいられない。世界に誇る9条があっても世界第3位の軍事力をもち、25条の基本的人権がふっとぶような貧困と格差の現実。新自由主義の跋扈の中で、憲法がすみよい社会を実現する手立てとなっていないまま、2010年の国民投票になだれ込んではいけない。現実を看破する眼をもとう。そして、アメリカ民主党のバーバラー・リー上院議員のように、憲法を読み直したったひとりでもブッシュに反旗を翻す、議員としての責任を果たそうとした彼女の行動を心に叩き込んで。(大塚恵美子)
【写真は、おいしそう!小笠原家産直やさい、愛されてるな私って!?】