多磨全生園 秋の風景

2008年10月18日 09時25分 | カテゴリー: 自分らしく生きる

17日は、全生園の清掃ボランティアに参加した。自治会館前から二手に分かれ、ごみ拾いや樹木に絡んだ蔓を取り除く作業をする。毎年参加してきた人たちや全生園の職員、市長はじめ市の職員の皆さんと広い園内を回る。落葉が散り、きのこや木の実、カラスウリ、ミズヒキ、ユリを見つける。宿舎の庭先にも小菊や秋の花がみえる。
ほとんど、ごみは落ちていない。日頃の管理が行き届いていることを知る。結構、手間取ったのが、樹木に絡みつく蔓。ヘクソガズラやジネンジョはまだ手に負える。南門から納骨堂あたりの遊歩道際に葛が繁茂していて、鎌がなかったので、手で取り払う。蜘蛛の巣だらけになりながら力を込め葛を取り去ると、実をつけた椿の木が姿を現す。うっかりすると、何の木だかわからないようなおそるべし蔓植物の侵略。来年は絶対に鎌を持参する。
秋の気配を楽しみ、園内を半周もすると、終了とのこと。
いいお天気で、清掃に名を借りた3万本の木々の間の散策となる。

その後、「ハンセン病資料館」に寄り、秋の企画展「ちぎられた心を抱いて 隔離の中で生きた子どもたち」をみる。「らい予防法」によって日本各地の15カ所のハンセン病療養所に隔離、強制収容された人たちの中には、親から離され入所させられた子どもたちがいた。
全生園にも少年、少女舎があり、患者の中から選ばれた寮父、寮母との暮らしがあった。故郷の父、母への思慕を引き裂かれるように過ごした日々の記録がみえる。プロミンなどの薬剤が開発される以前は、おとなになる前に逝去する子どもたちが多かったとのことだ。理不尽な暮らしの中で、唯一の喜びは面会に来てくれた父や母に会うこと。涙があふれ出て、言葉にならなかった思いがわかる。故郷からのたよりや思い出を胸の奥深くにしまい、日々を生かされる。
子どもたちが通ったのは、園内にある市立秋津小、青葉小の分教室で、1976年まで小学生がいた。分教室以前は、文部省の範疇にない寺子屋だったようだ。
「何のために勉強するのか」と希望を見出しにくい限られた世界の中で、自問自答しながら学ぶ子どもたち。今、残された子どもたちの声・文章は、大人のふるいにかけられた極わずかなものに過ぎない。
自分を肯定し自分らしく生きることを閉ざされた、心の軌跡をほんの少し手渡してもらった。(大塚恵美子)