隠れた史跡 

2008年11月7日 19時11分 | カテゴリー: 政治を変える

全生園で緑の祭典

深まる秋の日、多磨全生園で開かれた「緑の祭典」に伺った。「緑を守る市民協議会」の集いも第16回を迎えた。同時に開かれている全生園まつりは35回を迎えられたそうだ。今年の6月には、100万筆の署名を集め、「ハンセン病問題基本法」が制定された記念の年、来年は全生園開所100年を迎える年でもある。

「基本法を活かし、地域とつながる」そんな思いが「全生園人権の森構想」へと結実することを願う。35万㎡の園内には250種3万本の樹木が入居者の手で植えられ、今年も秋の風景をかもし出す。一番遠い場所となった故郷を思い、ふるさとの木を植える。誰にもある心の中の思い出の木、と副議長山川議員が来賓の言葉として述べられたが、その通りであろう。
賑やかなまつりの模擬店が並ぶ通りで、山川さんの言葉を復唱し、ジャスミンの鉢をふたつ買った。

この日は、開放されている「山吹舎」にも立ち寄った。昭和3年に建てられた独身男子の宿舎で、H5年に復元されたものだ。4部屋がつながった平屋で、ひと部屋には8人が暮らしたそうだ。住居としては整然とがらんとして寂寥感が漂う。目の前に広がる樹木、林はせめて心を癒したのだろうか。
すぐ近くに少年・少女舎がある。先日、ハンセン病資料館でみた企画展「ちぎられた心を抱いて」で知った子どもたちが隔離され暮らした場所だ。半分朽ちて、廃屋のようである。割れたガラス窓から部屋を覗くと、壁にカレンダーなどが残り、いたんだ畳がひろがる。子どもの声が響いた面影はどこにもない。

全生園の現在の入居者は306人、平均年齢は80歳と入所者自治会長の佐川さんがおっしゃる。隔離政策が解かれた現在も、全生園を離れることができない方々の日常の暮らしの傍らには、山吹舎や少年・少女舎のような過ちの歴史、隠れた史跡が数多く点在している。生きた学びの場を風化させずに残したい、この丸ごとの緑の中で。(大塚恵美子)
【写真上は、山吹舎からの眺め、下は少年・少女舎の現在】