備えあれば憂いはないか 柏崎市への議員研修 その1 

2009年2月1日 14時18分 | カテゴリー: 政治を変える

1月28日、29日の両日、姉妹都市の新潟県柏崎市で議員研修があった。
17名の議員を待ち受けて下さった柏崎市議会議員(30人・11会派、女性議員2人、インターネット配信による議会中継あり)と、H19年7月に柏崎市が大きな被害を蒙った「中越沖地震」を基にした災害時の対応や復興の状況、防災意識の醸成などについての研修と意見交換を行なった。

市バスで訪問した柏崎は、路面も建物の屋根も雪がなく、わずか一部に数日前に降った名残の雪が残るだけ。人口9万人、西山町(田中角栄生誕の地)などとの合併により市域は442平方㎞(海岸線は42キロメートル!)、H19年7月16日に起きた「中越沖地震」震度6強でめくれあがった道路や亀裂の走った家屋などは改修され、倒壊したのであろう建物の空地が目立つものの、被災後1年半で目にみえる復興は進み、研修会場の市役所が耐震化改修工事の最中だった。

地震による人的被害(死者は14人)は多くはなかったが、全壊1121棟を含む建物被害は市内家屋の84%、被害額2300億円にも及んだ。市街地の公園やテニスコートなどの市有地36箇所に、復興対策によるプレハブ長屋の仮設住宅が並ぶ。現在の入居者は515戸482世帯で、今年8月には災害公営住宅(復興住宅)の建設221戸や既存公営住宅の対応により全員の仮設住宅からの転宅が可能となるそうだ。
H16年の中越地震に継ぐ2度目の「まさか」の大震災への対応は迅速に進んだようで、地震発生1時間以内に、自衛隊派遣要請、住民への防災無線広報、市の災害対策本部設置が行なわれている。47日間の避難所設置数は82箇所で、H16年の震災による課題から「避難所運営マニュアル」が設置され、女性へのプライバシー確保などに配慮が進み、救援物資の分散型備蓄とともに、コンビニ等との物流協定が円滑に進んだ様子も伺う。要援護者への対応もH17年から検討が開始され、H19年3月に条例に基づく「要援護者名簿」が作成され、被災の7日以内には高齢者、障害者への安否確認を終えている。自主防災組織化が73%だったことも効を奏したようだ。

7基ある柏崎刈羽原子力発電所(東京電力)(現在も全号機停止中)への対応についても危機管理監より伺う。被災後2週間で、市議会議員による原発施設内の視察が行なわれ、8月には議長名による「原発の安全性を求める要望書」提出。
H19年9月議会で「中越沖地震原発調査特別委員会」を設置し、勉強会、報告会を継続して行い、H19年12月には同委員会が「中越沖地震による柏崎刈羽原発の徹底調査と危機管理体制の充実を求める意見書」を協議、全会一致で本会議に提出された。H20年1月から現在まで10回に亘る議会全員協議会で原子力安全・保安院からの報告や状況説明を受けている。

耐震安全性の確保や活断層のデータ改ざんなど信頼性の獲得はまだ不十分な中、原発立地の苦悩が覗える。通常運転中の原発での雇用者は3000人、停止中の現在も点検、修理などで7000人(他市からの雇用含めて)が働く。市の当初予算485億円の歳入の内、電源立地促進対策交付金が約14億円(2.9%)入る。H19年11月には電源立地地域対策交付金の特例措置が決定、38.8億円が支給され、さらに東京電力が中越沖地震復興のため、新潟県に30億円を寄付している・・・
原発立地ではあっても、当原発でつくられる電力は全て首都圏・東京に送電され、柏崎の電力は東北電力による・・・
財源も雇用も原発に依拠し、放射能汚染等の風評被害も生じ、原発7基完成の記念としての施設の提供も受けている原発立地の現実の重さを痛感せずにはいられない研修となった。(大塚恵美子)