今晩もトンコリを聴く

2009年3月9日 01時39分 | カテゴリー: 政治を変える

リーブラで出会うアイヌ 講演会

やさしくて懐かしくて勁くて、どこかに染入っていく音がする。樺太アイヌの人々から伝わった弦楽器トンコリと唄。朝の時間に聴いてもよし、暗い部屋の中で聴いてもよし。
私は民族衣装に惹かれる、何でだろう。チェンマイの市場で見つけた花モン族の服やホーチミンで仕立てたアオザイを着ることもある。大地から生まれた意匠も好きで、アイヌの人の伝統的な衣類や意匠にことのほか惹き付けられる。

惚れ惚れするアイヌの民族衣装をまとった長谷川修さんと、都会に暮らすアイヌ民族「アイヌときどき日本人」を撮り続けてきた宇井眞紀子さんのお話と写真の会に伺った。
会場の港区男女平等参画センター・リーブラのある港区は、アイヌと縁のある土地と知った。長谷川さんは旭川出身、1993年に「アイヌ宣言」をされた方だ。2003年から芝公園で毎年8月に先祖供養のための「イチャルパ」を営んできた。長谷川さんの話から芝公園の場所には明治のはじめに「開拓使仮学校土人教育所」があったということを初めて知った。同化政策として北海道から強制的に連れてこられた38人のアイヌの人々が文化も風土も異なる土地で苦難を味わい亡くなった。これは「殺人という事件」なのではないのか、と。

先住民族とされるが、自ら選んだわけでもない、琉球やサーメ、イヌイット、ネイティブアメリカンの民族も同様に。「先住民族」をつくってしまったのは誰なのか。国がもたらす社会の構造に至る話に思い当たることが多い。ハンセン病を理由に強制収容された人々、障害者とされる人々、ホロコースト、パレスチナ、DVの被害にあう女たち・・・気づきや真実を知ろうとしないままでは、無意識に無自覚に加担の側に立っているのだ、立ってきたのだ、と思う。
アイヌの人にとっての火は、身近なカムイ=神なるもので、尊敬し言霊をかける対象だそうだが、「火」は大地に生きるすべての人々にとってそうであったろう、その感覚を失い手放してきた発展や近代の業を思い知る。

「法律があってもなくても、アイヌはここにいるよ」、東村山在住の写真家、宇井眞紀子さんが紹介してくれたサトウタツヨさんの言葉。
静かな夜の中で、トンコリ、アイヌの調べの中に身をおく。(大塚恵美子)