政権が交代すると、変わらないことが変わる

2009年9月25日 03時22分 | カテゴリー: 政治を変える

なかなかお見事だと思う、政権交代のあとの変化は。もちろん、散財や負の遺産を貯めこんだままの交代なのだから、大鉈をふるったとしても集約までには、財源を含め、紆余曲折もあるだろうけれど。でも、期待に満ちたスタートである。

温室効果ガス25%削減、インド洋補給支援活動の撤退など国際舞台での発言、八ッ場ダム、子ども手当、高校無料化など無理だといわれたものが、きしみながらも変化していく兆しがすぐに現れてきた。なんだ、やろうと思えばやれるんじゃん。
当然のことながら、地方自治体にも影響が出てくる訳で、先日の本会議や決算委員会の席上でも、政権交代による変化、影響についての懸念が、枕詞のように、出てくる出てくる、特に旧「与党」といった会派から。「まだ言う?」といった感じ。全て、これから想定される不安や悪いことは、政権交代のせい、といった風に。それじゃ、とことん自治体の財政悪化を引き起こし、格差を拡げた張本人の「悪行の限り」そうね、三位一体や新自由主義、自己責任論の横行などなかったことにしようと云う訳?と突っ込みいれたくなるくらい、よく言うわ。

確かに、後期高齢者医療制度、障害者自立支援法、生活保護の母子加算復活、子ども手当の行方など、修復あるいは新制度の開始など、現場の混乱といったものは次々と起こるに違いない。今回、議会最終日29日に審議される「H21年度補正予算」だって、新政権が国の補正予算の未執行分を見直ししている最中なのだから、財源がやってこない、ということになりかねない訳で。分権の時代とは名のみで、散々振り回された挙句に、また混乱では身が持たない、との行政の率直な思いもあるだろう。でも、市民不在、市民のニーズからかけ離れたその場しのぎと言い繕いや既成事実に馴染んでしまうこと自体がおかしいのだ、おかしかったのだ。気づきと怒りと失望の中で求められた政権交代だ。混乱の先にある展望やビジョンに期待を寄せたい。30代の我が家族も「政権に初めてわくわくする」と言っていた。

教育をはじめとする差別を助長する構造や、女性、子どもの貧困からの脱却、非正規雇用の均等待遇化、間接差別の撤廃など時間はかかっても、マニフェストの実現という見た目だけではない抜本的な改革、変化を渇望しているのだ、私は。やればできる、という希望、おお、これこそ「Yes,We Can!」てなことか。(大塚恵美子)