2つの成人のお祝いの会

2010年1月18日 01時24分 | カテゴリー: 自分らしく生きる

先週11日は、「成人の日のつどい」が開催された。今年の新成人は1525人、平成元年生れが20歳を迎えた。どの時代でも、子どもたちがひとりで20歳に成長したわけではない。ご両親やまわりの大勢の人たちのさまざまな力で育まれたことだろう。おめでとう、これからもあなたがあなたであることに自信をもってほしい。
東村山の成人式は簡素な式だけ。記念品もなければ、著名人を招くわけでもなく、実行委員会形式でもない。しかし、参加者は多く、会場は満席。女性のほとんどが振袖姿、男性はダークスーツが圧倒的だがきらびやかな袴ルックも目立つ、近頃の成人式風景だ。
今回、よかったな、と思ったことは、壇上に成人された方たちの、小中学校の卒業当時の恩師が参列され、ひと言づつお祝いを述べられたこと。「・・・先生!」と拍手と喚声があがる。手渡された式次第にも先生方のメッセージが並んだ。閉会後は、会場および外の広場で、先生方と懇談を、とのことだが、この日はとても寒かった。せめて、もう少し残りやすい暖かな場所と飲み物くらいの設定はできないものだろうか。

今日は、「東村山手をつなぐ親の会」の成人・還暦・勤続30年・20年・10年・就労のお祝い会があった。新成人は7人、それぞれの子ども時代の写真とプロフィールの紹介の後で、市長から花束を受け取り、ひと言づつ挨拶をされた。お振袖と髪飾りがとてもよく似合うお嬢さんもいた。親御さんも壇上にあがり、ご挨拶があるが、毎年、親の思いに共感してしまう。帰宅して頂戴したお赤飯を戴く時も、ずっとそんなことを反復して思う。子どもとして生きた20年、これからのたくさんの時間。いいものでありますように。

今日17日は、阪神・淡路大震災から15年を迎えた。当時5歳の子どもたちが20歳になる。神戸では人口の1割が震災後に生れたそうだ。この15年は、被災された方にとって、それぞれに復興、回復のための重い時間を過ごされたことだろう。遠いハイチでの大地震で、一瞬にして失われた数万人ともいわれる命の数々。
15年、20年、命があるから、悩みも生れ出るが、命があるということは、もうそれだけで充分にすごいことだと思う。(大塚恵美子)