スクールソーシャルワーカーの活用を

2010年6月9日 07時59分 | カテゴリー: 子ども・教育

一般質問その1

子どもの「生きづらさ」を象徴するような事柄や事件がやまない。今年に入り、清瀬市、狛江市で中学生の自殺があり、江戸川区の児童虐待死事件、つい先日の中学生の家庭内監禁など、子どもを廻る環境の変化とともに、弱者である子どもにリスクが集中し悲痛な状況が連日のようにつづく。H18年12月議会では渡部市長が当時、議員としていじめや不登校などについて質問されていたが、不登校対策は最重点課題とされながら、当市のみならず、課題を抱える子どもへのアプローチが充分果たせない中、今に至っている。
文部科学省発表のH21年8月の数字では、東京都内の小中学校での不登校児は9801人とのこと。市内の不登校の状況は、小学生30〜40人、中学生100〜130人で推移しているという。不登校の要因は複合化・多様化してきており、不登校の状態が長期化し、学校のみならずどの支援機関も関っていない子どもや、福祉的な支援を必要とする家庭環境に育つ子どもも多いと推察する。厳しい経済情勢下において教育費の負担が家計を圧迫するなど、家庭の環境によって、子どもの学ぶ権利まで危ぶまれる事例も多い。

小中学校にはスクールカウンセラーが配置、巡回がされ、校内での相談やカウンセリングという手法で子どもの心理面へのアプローチを行なっている。しかし教育現場、学校だけでは対応が困難なケース、解決できない事例も多いのではないか。子どもを取り巻く環境を変えることはできず、状態の改善につながりにくい。
私は子どもが学校に復帰することだけを目的と考えているのではない。子どもの権利の救済が必要なのだ。さまざまな理由から支援が必要な子どもたちに対し、学校、家庭と関りのある関係機関が情報交換し、支援方針を確認しながら対応を図るためには、支援をコーディネートし、ケースワークを担う専門職が必要となってくる。学校にも社会福祉の視点が欠かせず、教育と福祉の連携によって、子ども支援を拡げるスクールソーシャルワークの機能が必要だ。
スクールソーシャルワークの考え方は、子どもの最善の利益をという視点を踏まえ、関係機関との連携で子どもが置かれている環境全体に働きかけを行ない、子どもが抱える課題を解決するという手法だ。
H20年より文部科学省のスクールソーシャルワーカー活用事業が開始され、都内では昨年までに、三鷹、府中、昭島、調布、小平、福生、東大和、清瀬、東久留米、羽村、西東京の11市、墨田、江東、中野、足立の4区と独自取組みの杉並が導入してきた。22年度は、国、都の補助と区市の負担で取組まれ、24市区に導入が拡大され、福生市や小平市をはじめ、活用が高く評価されている。

なぜ当市では取組めないのか。スクールソーシャルワーカーの活用を検討された経過を市長に聞いたが、市長はマニフェストにも掲げており推進したい、との認識はあるものの、教育委員会との検討の中では、学習面での取組みの強化、財政難などの課題により、発達障害への対応が最優先課題となり、教員サポーターの配置を優先して進めてきた、との答弁だった。発達障害児への対応も当市は遅れていて、不足している教員サポーターの配置も優先課題であり、不登校の未然防止の役割となることも承知している。でも、役割が違うし、アプローチの局面が異なるのだ。

「子育てレインボープラン後期行動計画」推進の視点に「子どもの権利の尊重」が掲げられているが、子ども施策全般、いや市政全般に子どもの権利、参加への向かい合いが乏しい。
子どもたちの可能性に焦点をあて、環境が阻んでいる場合は発揮できるように環境調整を行なうこと、状況を俯瞰してコーディネートするしくみがやはり必要だ。不登校の原因にアプローチし、対策を進めるために、スクールソーシャルワーカーの活用や所管を超えた体制づくりを求めた。市長は、しかるべき時に導入をしたい、との答弁だったが、しかるべき時が財政難に由来することならば、先は遠いか…
子どもと対等に向かい合う目線や信頼を得る関係づくりが重要であり、大人の論理に立った受容の欺瞞では通用しない。子どもの救済に向けた人材育成、養成が常に不可欠だ、この点を市長や教育委員会は捉えきっているのだろうか。(大塚恵美子)