熊本の「こうのとりのゆりかご」を訪ねて

2010年7月9日 14時13分 | カテゴリー: 子ども・教育

視察報告その1

6日から8日まで、熊本市周辺の事業(行政評価システムにおける議会の役割、熊本市・県の地下水保全条例・施策など)を視察した。小平・生活者ネットワークなど多摩北エリアの同じ課題に取組む議員たちとの連携で実現した視察だ。
最終日の午後は、熊本市にある慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」を訪ね、慈恵病院理事長の蓮田太二先生、看護部長の田尻由貴子さんから話を伺う機会をもつことができ、小さな命の存続に思いを込めた活動に深く感じ入った。

マスコミ報道などで大きな注目を集めた「こうのとりのゆりかご」は2007年5月に、養育者が育てられない赤ちゃんの匿名での受け入れを開始した。100年に亘る地域医療に根ざしたカトリック系の慈恵病院の大きな決断は、熊本県下でおきた赤ちゃんの遺棄、殺人など3つの事件、現実に向き合ったことによる。ドイツで80カ所(当時)も設置されている「赤ちゃんボックス」を訪ね、助かる命の受入れを痛感した理事長、看護部長が、医療法に基づく病院設置の用途・構造変更を市に申請し、判断に悩む市、県、国の逡巡によって許可がおりるまでに5ヵ月がかかった。その間、「赤ちゃんポスト」という言葉が流布されたことによる安易な子育て放棄とみる批判の声もあり、総理大臣、厚生労働大臣の反応も冷ややかで、「こうのとりのゆりかご」機能そのものが認定されたものではなく、考え方としては未だ平行線であり法的整備が課題ではある。難航した経過があるが、地元の反応、熊本県立大学の精神的支援を受け、市民に受け入れられた形でゆっくりと着地したのだ。

正面玄関脇に聖母マリア像が佇む慈恵病院は、宗教的な理念を背景に、古くからハンセン病患者の受入れをはじめ、弱い人の立場に立つ医療の精神というものを確立されてきたようだ。同じ敷地内には修道院もあり、修道女の姿を拝見した。
理事長、看護部長のお話から、「こうのとりのゆりかご」への2007年から2009年までの赤ちゃんの預け入れは57人。そのうち7人が後日、親に引き取られたという、この数字のなんと大事なことか。熊本県下からの預け入れは0人であり、関東からの預け入れが最も多いという。赤ちゃんを抱いて、遠くから熊本に辿りついた母と子・・・。
「こうのとりのゆりかご」は道路に面したサインもわかりやすく、病院東側の奥の一隅にマリア像に見守られ、シンボルであるこうのとりの描かれた小さな扉がある。その横には、もう一度相談を促す電話番号やインタフォンが設置されている。扉の中に置かれた赤ちゃんはすぐにあたためられ、即、24時間体制のステーションに感知される。
慈恵病院は、「こうのとりのゆりかご」設置だけではなく望まぬ妊娠、受け入れられない子育てに対し、看護部長含め3人による24時間365日の相談体制が機能し母子の命に向き合ってきた。懇談の最中にも、頻繁に携帯電話が鳴る状況を目の当たりにした。中高生に対しても自尊感情が育つようないのちの教育である「性教育」を出前で行なっており、命に対しその貫かれた姿勢に感銘を受ける。
慈恵病院で生れる赤ちゃんは年間800人とのことだが、この3年間の相談数の方は1500件以上にのぼるという。そのうち83人に特別養子縁組がされ、また自分で子育てを始めた人は229人いるという。養子縁組や里親など、新しい家族に受け入れられる赤ちゃんも多く、ひとりでも多くの子どもたちが乳児院や児童養護施設ではなく家族のある環境で育ってほしいと理事長はお話になる。

慈恵病院の事業は、市や県を動かし、妊娠からはじまる命について、相談体制が整備され、熊本市は24時間体制だ。病院、市、県による相談体制、電話番号を記した3種類の小さなカードがまちの商業施設やトイレ、バスの中に置かれている。
「こうのとりのゆりかご」そのものは、理事長たちが仰るとおり、使われないことが最もよいのだ。しかし、社会のあり方、歪みから派生した現実の中で、助かる小さな命に対し、抱きとめる腕が必要なのだが、日本で唯一ここにしか存在しないことの哀しさ。一民間病院だけの使命ではないと思う。子どもの最善の利益、という言葉が空虚に響かないような法的整備、受け止めがなぜなされないのか。
書いているうちに、また涙が滲んでくる。(大塚恵美子)