議員同士の議論が実現! 議員定数・報酬に関する調査特別委員会

2010年7月16日 10時29分 | カテゴリー: 政治を変える

東村山市議会では実に久しぶりだった。議員同士が議論する場というのは。
6月議会最終日に議員提案された「議員定数条例の一部改正案」と「議員報酬及び費用弁償に関する条例の一部改正案」を特別委員会で審議することになり、13日に実質的な質疑応答に入った。
まず「議員定数条例」から審議開始。「定数を26人から24人に減員、政策総務委員会、厚生委員会の構成委員数を減員」というものだ。

鈴木委員長と私を含む11人の委員と、5人の提案者の山川議員(公明)、木内議員(民主)、丸山議員(新政会)、肥沼議員(自民)、矢野議員(草の根)との質疑応答となる。当然のことながら行政、議会事務局の介入は一切なし。まさに議員間の討議となる。
福田委員(共産)に続いて私が2番手の質疑を「変えよう!議会・東村山」を代表する形で行なう。1問1答の13問と再質問を主に木内議員との一騎打ちの形になる。もち時間22分のうち、反問権を使った木内、矢野議員に答弁した時間を含めると、残り時間は2分いや3分か。これで次回の討論や質疑ができるか、やや冷や汗が。
質疑の冒頭の数項目では「この提案は行財政改革のためであり、議会改革とは別物か」「2人減の議論はいつ、どこで行なわれたのか」「定数24人の根拠は」「定数の基準は」「削減が際限なく無原則でいいのか」「何をもって適正とするのか」などを尋ねた。
木内議員の答弁では、「行革のためであり、議会改革ではない」「2人減員の根拠はない」「適正というものはない」「定数の規準はなく政治的判断」が繰り返された。行革だというのなら、報酬や役職加算にも踏み込むべきではないか。根拠もなくその都度の政治的判断とはあまりに市民不在ではないか。議会の俺様ルールでやるっていわれても、規準や根拠がないものに同意せよ、とは難しい。

議事録を読むと興味深い。H6年12月議会では定数28人から27人に、H11年2月には27人から26人に減員してきた経過があり、H19年3月には26人から25人への定数減が否決されている。H6年の議論では、提案者の大橋議員(公明)が規準については「5000人の市民に対し議員1名という割合が妥当である」と答弁されている。当時の人口は13万6000人、現在は15万3000人だ。H19年には同じ公明の川上議員が提案者として「刻一刻状況は変わるから柔軟に対応していく。ルール化はされていない」に変化してきた。この時は否決されている。

つづく質疑では「請願審査も多く市民の福祉に直結する厚生委員会が5人(1人は委員長)の議論の場で充分といえるのか」「定数減=コスト減と民意の反映の整合性は」「議席は議員のものではなく市民から預かっているものだが、定数減は誰のためか、市民の意見をどのように聞いたか」「議会が市民に見えないことこそ課題。議員定数削減だけで民意を反映するというのはことを矮小化してしまう。市民とともにあるべき議会像を描くことが必要であり、問われているのは議会のあり方そのもの」などを指摘した。木内議員は議会改革の必要性、議会基本条例策定に向けた議論は必要と述べられたが、一貫して定数削減は行革であり政治的判断であると繰り返された。
大きな政党は選挙の前になると削減論で踏み絵をさせる訳だが、このまま限りなく行革のために削減していくとなれば議会の権能をどう考えるのか。そして誰もいなくなった、でよいのか。議会不要論に自ら道を開くのかな。

私の後は朝木委員(草の根)が質疑をされ質疑終了となったところで、北久保委員(自民)から修正動議がかかった。熊木委員(自民)との連名で「定数を25人に、厚生委員会は6人のままで」といった主旨の提案だ。これはやや前代未聞かも。つまり原案の提案者に自民党・肥沼議員が入っているので、自民党が割れたとみることになる。
そして、原案提案者の矢野議員も定数25人が限界との主旨を述べられ、どうやら原案提案者を降りるらしい。少々の波乱を含み、ホットな議員間の議論が終了した。
当日の傍聴は20人だったが、「質疑、核心に迫っていたし、よかった」とか「迫力があったよ」、「おもしろかった、いつもこういったディベートになれば絶対傍聴は増えるよ」など様々なご意見を戴いた。ありがたいことに他会派の議員からも「鋭かったね」とオホメ戴く。こういう反応はセレモニー化に近い本会議や委員会ではほとんど聞かれない。
次回は8月19日(木)、修正案から質疑し、討論、採決となり、「議員報酬」役職加算廃止をめぐる質疑となる。
議会が変わる転機にきっとなります、ぜひ傍聴を!(大塚恵美子)