社会人類学者の椎野若菜さんから教わったこと

2010年7月27日 10時17分 | カテゴリー: 日々雑感

スタジオ・フォトグラフィ・アズ・ア・ドリームマシン

先日、実に楽しく興味深い展覧会にお誘い戴いた。若き友人の椎野若菜さんは、アフリカ・ケニアをフィールドとして活躍し、しなやかに発言する社会人類学者であり、敬愛する友人・和枝さんの娘さんでもある。
東京外国語大のアジア・アフリカ言語文化研究所の研究員である彼女が、ハイケ教授企画のプロジェクト「スタジオ・フォトグラフィ・アズ・ア・ドリームマシン 夢を創る機械としてのスタジオ写真」の大きな牽引力だ。
植民地時代、西欧人が撮るアフリカの民の写真は恣意的な映像がほとんどだった。それは西欧人がイメージするアフリカの人々の姿を固定化した「映像における植民地化」ともいえる。しかし、アフリカの人々もまた写真を撮る撮影者であり意思をもつ被写体である。「アフリカ人の写真家によるアフリカ人のための写真」に焦点をあて、アフリカの民がともに楽しんだ非日常、いや日常の中の楽しみのひとつを知らされた展覧会だった。私の中で気づきのなかった部分、固定化された概念が驚きと開放感でくつがえされたように思う。それを教えてくれたのが若菜さんの今回の仕事だ。「夢を創る創造の機械」として古くから交易・交流のあったグローバルな地としてのケニアの港町モンバサで撮られた多くのスタジオ写真が、人間のファンタスティックで自由な魂、夢を映し出している。
見ていて、心躍るといっていいほど。1912年から現代に至るまでのその時代時代の写真の撮られ方はあるけれど、自由なスタイルで普段着のままで月に腰掛けたり、大きな瓶の中に入ったり、憧れの人とのツーショットなど、写実性とは異なる写真のもつ可能性、魔法を自在に採りこんだ人々。晴れやかな笑顔。家族に回した腕。いいなあ、私もこんな写真だったら撮られたい。現実の世界の中で、ひとときの夢を紡いだ時間に身をおくことの開放感、イマジネーションの世界を享受した。

今年5月、若菜さんがモンバサ、リコニの町に訪ねた現代のスタジオ写真家、そしてAA研の本プロジェクトで再現するスタジオのためのあらやる大道具、小道具、背景の絵画などを求めた旅もVTRで垣間見ることができた。
最後に本邦初お目見えのAA研特設スタジオ、背景に大きな客船が描かれ、キッチェな花や動物たち、敷物、ブルーや赤の満艦飾の色彩の世界で私も一枚、すてきなスタジオ写真を夢とともに撮ってもらった!

若菜さんのフィールドはケニア奥地、ビクトリア湖に近いルオの部落、彼女はケニアの女性たち、シングルで生きる意味などに焦点をあて、地域で生まれ出でた文化、私たち日本人の概念とは異なる社会の実相を丁寧なフィールドワークによって見せてくれる。今年は南アフリカでワールドカップが開催され、そしてルオはオバマ大統領のルーツの地だという。脚光を浴び、近いようで果てしなく遠い=知らなかったアフリカの世界観の一部を鮮やかに見せてくれた。ありがとうAA研のみなさま、若菜さん。
外語大を訪ねた日は、丁度オープンキャンパスの日で、北区からの移転後10年を経て、涼しげな緑陰をつくるキャンパス内を大勢の高校生、未来の言語学者や文化人類学者が闊歩していた。(大塚恵美子)