消えた高齢者の謎

2010年8月15日 08時38分 | カテゴリー: 政治を変える

このところ足立区から拡がった衝撃から、連日のように100歳以上の高齢者の所在不明が問題となっている。朝日新聞の13日の紙面は一面トップでこの問題を取り上げていたし。
先週、市内の様子を高齢介護課のご担当に聞き取りをした。市民からの問い合わせも多いとのことだった。なにより、新聞各社からの取材が早かったそうで、8月1日には、100歳以上高齢者55人(女性52人!男性3人、最高齢105歳)の所在が確認されていた。
新聞報道によれば、所在不明の100歳以上の方は全国で279人、都内では9区市13人ということで、住民票との誤差がこれだけあって、もはや生き死にを確認する手立てがない、という実態が浮き彫りになっている。都は遅ればせながら、9月中に所在調査を自治体に要請したとのこと。
「それでは、当市と他所の自治体との違いは何?」と聞いてみると、100歳の誕生日に、市長がお祝いの訪問していること、毎年5月1日に「高齢者緊急連絡先訪問調査」を68歳以上の高齢者一人暮らし、73歳以上の高齢者世帯を対象に安否確認を兼ね民生委員、職員が訪問し「名簿登録承諾書」をもらっていることなどを挙げられた。
それから100歳以上高齢者のうち施設入所者24人以外の在宅者31人については、生活保護受給、医療保険、介護保険の利用状況を照合しているそうだ。

確認が済み、よかったですね、ということにはなるものの、そうかな、という思いもよぎる。訪問調査は一人暮らしや高齢者世帯だけで家族と同居の高齢者は対象とならないこと。100歳以上というライン引きにどのような意味があるのか。年金等の不正受給がなければいいという問題でもない。住民票が証明できることの限界。常識というものさしの陰の部分が気にかかる。
不明高齢者の問題は、地域の人間関係の希薄だけが問題なのか。認知症高齢者の行方不明者が相当多いだろうし、ホームレスとなった人も多いとの指摘がある。やはり、自治体の把握の有無だけではなく、弱者が生き難い社会の様相が一番の原因だろう。相次ぐ小さな子どもの虐待死、不明高齢者の問題に通じる病巣があるように思う。政治の力がない、機能していないということだ。

15日の終戦記念日、毎年9月に開催される社会福祉協議会主催の「長寿を共に祝う会」を前にして、ざらっと心がざわめく。生きていたい、と思う命が国家によってあっけなく奪われる。その反面、表層的には豊かな社会となったはずなのに、生きている歓びが実感できないとしたら、年を重ねるということも容易ではない、と。私もこの秋で59歳になる。(大塚恵美子)