新しい出発 出初式、成人式

2011年1月11日 08時34分 | カテゴリー: まちづくり

10日は、陽は出ているものの、寒風吹きすさぶ中、東村山駅東口で「消防団出初式」が行なわれ、午後は富士見町の明法学院をお借りしての「成人の日のつどい」が開かれた。
7つの分団から134人が勢ぞろいする「出初」は、力強く、日々の鍛錬の中で、市民の安心、安全な暮らしを守ってきたのだ、という自負にあふれる。
昨年の火災発生件数は62件で前年比27件の減少とのこと。しかしながら、火災の原因の大半は放火とのことで、どう食い止めるかは社会全体の課題か。
お仕事をもちながらの消防団活動は並大抵のことではなく、条例改正で団員の定年を55歳に延長したものの、効を奏して定員が埋められるかどうか。
活動に対する各種表彰が行なわれ、私の地域を担当される「第6分団」が功労分団表彰を受けられた。お顔を知っている団員さんの多い第6は、とても身近で頼もしい存在。今年もよろしくお願いします。
式の後半は、東京消防庁音楽隊の演奏があり、チアーガールのようなカラーガーズ隊の演技が披露される。フィナーレは、徒列分列行進のあと、真っ赤なポンプ車7台が駅前ロータリーを車両行進し、最後に、はしご車につけたくす玉をめがけ、一斉放水が。水煙の中、観覧の方々から喚声があがる。
毎年、寒さ支度をした小さな子どもさんたちの観客も多く、10時から約2時間、寒さの中、見守ってくれる。さすがに寒くて、風邪ひきませんか?と心配になる。

午後は「成人の日のつどい」、今年は平成2年から3年に生まれた1540人がはたちになった。華やかな振り袖やスーツ姿の新成人たちは、久々の旧友とのお喋りに花が咲く。1990年から91年というのは、東村山に生活者ネットワークを立ち上げた時だ。鮮やかに思い出す日々、その年に誕生された赤ちゃんたちが、と感慨深い。
89年のベルリンの壁崩壊、第1次湾岸戦争突入に象徴される新たな時代を迎えた90年代初頭の子どもたちだ。
いろいろなことがあるのが人生です。でも、生きているというのは、小さな発見や驚きから実感するもの。生きてりゃ、そりゃいいことの方がいっぱいあるのです。来賓の祝辞の中に、山本有三の著作の中から「ただ1度の人生」とありましたが、あなたは唯一無二ですが、人生は1度ではない、必ずやり直せるのです。おとながすてきな社会と将来の希望をもたせてやりにくい世の中ですが、あなたはただひとり、それは他に代えられない、自分を大事にしよう。空回りしたり休む時があっても、違う歩き方があるものです。おめでとう、はたちになったんだね!
小中学校の恩師が壇上に並び、祝福に花を添えてくれる。
成人代表の梅原さんが「誓い」を述べられた後、小さなハプニングがあった。壇上に、男性が駆け上がり、白い紙を読もう、あるいは市長に手渡そうとしたのか、そんな動きがあったのだ。あっという間に教育委員会の職員さんであろう方々にがっちり取り押さえられて、幕間に連れて行かれた。
即、司会が「滞りなく式が終わりました」と発言されたが、「閉式のことば」の中で、副市長は「滞りなく」という訳ではなく、と話された。
そう、人生は滞りなく行くばかりではない、漣があちこちで立つことの方が多いのだ。その時の咄嗟の判断に、日常の行いや考えが現れることがよくある。
あまりに咄嗟の数秒間だったが、連れ去られてしまった若い人の姿が目に焼きつく。
受け止める余裕はなかったのか。予定調和で滞りなくやることばかりでは、はみ出てしまう人には生きづらいものだ。
成人のつどいもお仕着せでいいわけではない。実行委員形式というのも、一部の人の思いで進行しがちかもしれないが、でも、やってみる価値は充分にある。若い人のあたりまえの声が聞きたいと思う。(大塚恵美子)