脱原発・自然エネルギーへの転換を

2011年4月16日 08時59分 | カテゴリー: 政治を変える

東日本大震災に伴う原発震災発生後1ヵ月が経つが放射性物質は漏れ続け、依然として制御は困難を極めている。チェルノブイリ事故に匹敵する「レベル7」へと判断を移行するなど認識の甘さを国がようやく認めた。
余震も止まらず、7日には宮城県の女川原発の新耐震指針の想定を超す揺れがあったことがわかった。資源エネルギー庁と文科省が発行した小中学校向けの副読本の「大きな地震や津波にも耐えられるよう設計」のくだりがあるとんでもない内容を見直す考え、とか。原発推進のための「刷り込み」のための副読本!こういったものが大手をふるっていること自体の不思議。安全をないがしろにした企業の論理と国策がむすびついていることを教える本なのか。
どれをみても「原子力の平和利用」なるものが幻想であり、神話だったことがわかる。防波壁15メートルで回避できる、という話ではなく。それなのに、「原発を推進してきたことは間違いではない」「必要なエネルギー源」との認識を変えない与謝野経済財政相の発言や慎太郎節に驚くが、どうして新たなスタートに立とうとしないのか。

将来に亘り高レベル放射性廃棄物の処理や管理は未確定、人間の英知の限界を超えている。多くの被曝労働者と世界レベルに影響を与える原発災害をこれ以上生み出さないために、持続可能な自然エネルギーへの転換を急ぐべきだ。再生可能な地域分散型エネルギー、自然エネルギー促進法の早期制定で、地域特性にあった自然エネルギーの普及を考えていかなければならないのでは。
原子力に電力の3割以上を依存する現状から太陽光、風力、地熱、小水力などの自然エネルギーへ比重を移し、ふんだんに使い捨てるというエネルギー消費そのものを見直していくことがなにより必要だ。自戒をこめて強く思う。
世界でも一番高額な日本の電力料金はアメリカの3倍にもなっている。この差は、石油や石炭といった資源を持たない国だからという理由だけで説明されるものだろうか。
電気料金の中でも、内訳をみると原子力発電によるコストが一番高く、コスト高と言われている水力発電をさらに上回っている。電力をたくさん使用する鉄道事業者や精錬業者などは電力を安く調達できる自家発電設備を持っていて電力会社からは主たる電気を買っていない。

今回の原発事故には、福島、新潟などの大規模な発電設備から供給される電力を、首都圏で大量消費しているという構図を含む様々な課題が潜んでいるが、電力事業が1地域1社が独占して電力を供給し、全ての配電、送電の権利まで握っているという状況にあって、電力を自由に選べない、つまりは電気事業の自由化がすすんでいないことが大きな課題のひとつだ。電力会社が市場を独占し、国が一元的に管理する現状から、エネルギーも小規模で地域分散型のシステムへと構築しなおす時にある。
欧米では、電気事業者を選択できるしくみになっていて、自然エネルギーなど自分の好きな電気を選ぶことができる。
結果として、競争が働き、コスト削減と電力単価の低下、安全性の向上、自然エネルギーの開発や促進につながってくる。欧米では、既に、新規に採用されるエネルギーの7割が自然エネルギーになっているとのことだ。ドイツは今後10年で自然エネルギーの割合を35%にする目標をもつ。
東電の言いなりにならなくても、原発が止まっていても、現状で電気は足りている。このことに勇気を得て、進むべき道を歩みたい。
(大塚恵美子)
これまでに書いてきた主な原発、エネルギー関連のHPはこちらを。
「六ヶ所村ラプソディ」上映会100人の思い(2008年1月)
六ヶ所再処理工場はいらない!2000人パレード(2008年1月)
究極のエコは脱原発から(2010年8月)
とても信用ならない民主党のエネルギー政策(2010年5月