原発はいらない 6万人がパレード

2011年9月20日 02時59分 | カテゴリー: 政治を変える

さようなら原発1000万人アクション

脱原発ウィークの締めくくりは、19日、明治公園での「さようなら原発5万人集会」。千駄ヶ谷で電車を降りたらホームが人でいっぱい。動きが取れないほど。みな思い思いに手作りのプラカードや旗を掲げたりで、ホームの上から明治公園へとつづく人の波は、既にさながらデモ。
ようやく辿りついた明治公園は周辺に人があふれる。色とりどり、さまざまな旗やアピールが会場いっぱいに拡がる。
私は「『原発』国民投票」の旗と兎耳のヘアバンド。知人や東村山の人々とも出会う。会場を埋め尽くした「脱原発」を求める人たちは6万人。5月の新宿アルタ前のアクションよりはるかに多い人たちの姿。
ステージでは、大江健三郎、落合恵子、澤地久枝、山本太郎、武藤類子さん(福島ハイロアクション)たちが次々にそれぞれの思いをこめたアピール。
みんなで命をつなぎあいたい、子どもを守りたい、切実な思いが会場にあふれる。

2時半頃から、代々木公園、新宿など3コースにわかれ、パレードが始ろうとするが、なぜか前に進めない。当局の都合なのか、小一時間近く立ち往生がつづく。でも我慢、ここで逮捕者なんて出させやしない。
ようやく動き出したパレード隊、私は南新宿までのコースを歩いた。四ツ谷、新宿御苑を回り、明治通りを南新宿に迂回。休日の街を行く人たちからも手が振られ、エールがおくられる。「原発はいらない」ひとつの思いで結集した6万人の老若男女。ながいながいデモの人波。終点の南新宿で4時半をはるかに過ぎても次から次へと、途切れることのないパレード。ひとつのコースで2万人以上が歩いたことになる。
大事なことは市民が決めるんだ。マスコミが正面から取上げなくとも、政府が無視しようとも、この動きは止められないのだ。
チェルノブイリ原発事故から25年。当時、日比谷公園で大規模な集会・デモが毎年行なわれた。お元気だった高木仁三郎さんが先導する車からメッセージを伝えた。その声に励まされて私たち家族も日比谷公園から銀座、東京駅へとデモをした。あの時、夫と「原発は止められるね、間に合うね」と小学生の子どもたちとともに期待をしたものだ。
今、高木さんも夫もいない。本当に原発が制御できないものだということが証明されてしまった。もう、私たちは戻らない。あの日に戻れないのだ。ひとつの思いで、前へ歩くしかないのだ。(大塚恵美子)