2時46分の祈り

2012年3月13日 08時36分 | カテゴリー: 政治を変える

3.11から1年後、今日は誰にとっても特別な日だったろうと思う。
私は、東京から200㌔離れた福島県郡山市の野球場で開かれた「原発いらない!3.11福島県民大集会」の会場で、1万6000人の福島の、そして各地から駆けつけた人と、ともに2時46分に黙祷を捧げた。
会場も福島のまちもそして日本の、いえ世界の国のいたるところ、人のこころが宿るところが、しんと静まり、祈りを捧げた時間。さまざまなことが去来するこの1年。
原発震災さえなかったら、復旧も復興もこれほどまでに遅れることはなかっただろう。いまだ遭遇したことのない事態と決断を要し、現実として受容れなければならなかった余りにたくさんのこと。
人が埋め尽くしたスタジアムで、0.9μシーベルトが示す今をともに刻む。ステージでは加藤登紀子が人のこころと営みのちからとを唄い、大江健三郎が「倫理」という言葉をつかって、人が人として生きることを拒絶する原発のありようを訴える。
二本松や飯舘、相馬からの6人の県民の訴えがつづく。有機農法の農家の方、恣意的な情報により9回もの転居を強いられた方、海を返せ、日常を返せと静かに怒りを籠める漁民、転校もし、あの日の当たり前の日常は取り戻せないときっぱり前を向いて語る高校生。
何をがんばれというのか?喪失で声も出せない人がいる。何をするにも躊躇し、疑い、希望を失う、そう、気づかずにいた当たり前のことを失った私たち。同じ空気、風、陽の下で、ともに泣き、怒り、祈る。
今、変えないでいつ変えるのか。日本中で開かれた3.11を思う集いの中で、私たちは決意する、原発震災で被災された方々の願いを。その唯一の希望は原発がなくなること。
私たちは、もう忘れない。だまされない、あきらめない。
私たちは核、原発と共存できない。一歩をともに始めることから、明日を!(大塚恵美子)