反原子力の日

2012年10月28日 10時25分 | カテゴリー: 政治を変える

 

支援法に基づき要望する増子里香さん(つながろう!放射能から避難したママネット)

1026日は東海村で原子炉が動いた日とのことで「原子力の日」だったが、私にとっては充実の「反」原子力の日、だった。

 現在、復興庁が「原発事故子ども・被災者支援法」の基本方針策定過程にあることから、当事者の声を届けようと「つながろう!放射能から避難したママネット」と「福島避難者子ども健康相談会・支援法プロジェクト」のメンバーが要望書を26日に届けた。
復興庁から参事官ほか担当者、環境省からも参加があり、2時間以上に亘る思いのあふれた意見交換、議論が行われた。
  
6人の福島からの避難当事者であるママたちは、公務員や農業を営む夫を福島に残して母子避難をしている方たちで、支援法の「支援対象地域」については福島にいる人だけでなく自主避難を含め「福島をひとつの共同体とみてほしい、これ以上の分断をしないで」と訴え、疫学的調査の積み重ねや家族が行き来するための交通費保障、集団での保養など具体的提案もなされた。家族も地域も分断され、福島県立医大の山下俊一教授たちによる「安心していい」というプロバガンダにより子どもたちへの被曝を拡大させた信頼の失墜を、復興庁はどう回復していけるかが試されていると思う。

 私は今まで2回、亀戸と国分寺、立川で開かれた「福島避難者子ども健康相談会」の実行委員として参加し、のべ30人ものママたちが一人で悩まずつながりあえる関係性をつくり、健康相談のみならず、家族の分断、住まい、雇用の確保など個人では解決できない課題に共感し逡巡を重ねてきたが、今回の「支援法」要望書作成の一端に関わり、建設的に当事者の声を反映させる意味は大きいと感じている。
 
復興庁は今後の進捗と回答を持参するとのことで、次回の懇談も約束してくれた。

 

質問に応える今中哲二さんとコーディネーターの澤井正子さん(原子力資料情報室)

この後6時からは、「今中哲二さんに聞く 福島原発事故がもたらした放射能汚染の実像」@文京区民センター(参加者180人)へ。私の敬愛する小出裕章さんと同じ京大原子炉実験所の「熊取6人組」の科学者の一人今中さんは淡々と語られる。
 
「福島後の時代」に入った日本。3.11原発震災により315日の2号機格納容器破壊に伴う放射能の大量放出によって周辺30㎞では村や町がなくなり地域社会が消滅した。大変な汚染があることがわかっていながらなんの警告も出さなかった国や東電、専門家。チェルノブイリ事故との違いは炉心そのものは爆発していないからか、ストロンチウムの放出量はセシウムに対し、キエフで5分の1、飯舘村で2000分の1、プルトニウムはセシウムに対しキエフでは1%、飯舘村では100万分の1だったという。しかし、東京より北の太平洋側には無視できないレベルのセシウム汚染が生じてしまった。海水にはミネラルが多く含まれることから魚の体で放射性物質は一定程度で止まるが、海からつながる川にはミネラルが少ないことから淡水魚の体は放射性物質を取り込むと外に出ていかない、との話も伺う。
 
今後、低線量被曝による晩発性障害が懸念されるため、疑わしきは慎重に対応する必要があり、子どもへの定期的な疫学的調査・追跡調査の確立を急ぐ必要がある、とされた。

 東電も国も責任が問われない原発震災。福島県民にとどまらず国民すべてが被害者である、との思いから犯罪事実を訴え、刑事処罰を求める意思表示を行う「福島原発告訴団・関東」として告訴の動きを進めてきた。締め切りが1031日と迫っているので、首相官邸前行動やあらゆる集会などでもアピールし、今、関東では3700人を超す人たちが告訴人として意思表示をしている。
 

「福島原発告訴団」のアピールと入会説明をする大塚

今中さん講演会の前にも、アピールをし、その場で入会者が16人、印鑑を押して委任状まで書いて下さった人が9人も!嬉しいな、大きな声をだした甲斐がありました!

 28日も市内で脱原発の講演会、その後、八王子で南相馬の方々を招いた集会があるので、ラストスパートかけるわ!(大塚恵美子)