武藤類子さんに聞く 「今、福島でおこっていること」

2013年1月22日 10時19分 | カテゴリー: 政治を変える

20日、念願の武藤類子さん(福島原発告訴団・団長)を福島県三春町からお招きし、東村山・生活者ネットワーク第4回平和の集い「今、福島でおこっていること」を開催した。大勢の参加者でサンパルネの会場は満席に。

類子さんは、2011年3.11原発震災の半年後9月19日の「さようなら原発」の6万人集会の中で「福島からあなたへ」という凛とした哀しみと怒りをこめたスピーチをされた方だ。

その後、「福島の女たち経済産業省前の座り込み」や「脱原発をめざす女たちの会」など数々の抗議集会でお会いする機会を得た。「福島原発告訴団」団長として昨年はエネルギッシュに全国を駆け巡り、人と人をつなぎ、福島県民1324人による第1次告訴、全国13,262人による第2次告訴の活動をしなやかに生み出した方だ。

第1部は「今、福島でおこっていること」として、報道のされない福島の現状を画像を交えて伝えてくれた。
まもなく被災後2年となる福島。福島第一原発の4号機周辺の放射線量はいまだ毎時73Svあり毎日3000人もの労働者が被曝を余儀なくされていること、2700箇所ある県内のモニタリングポストの測定値が鉛で遮蔽されるなどコントロールされた低い数値を示していること、除染しても、お天気の変化で元に戻ってしまう線量、18歳以下対象の甲状腺検査の結果は自分のデータを情報開示請求をしないとみることができないこと、原発の国際的推進役であるIAEAが南相馬と三春町に環境創造センターなるものをつくろうとしていることが住民に知らされないこと、居住地が汚染されていても、避難地域でない三春町住民などへの賠償金(おとな)は1回きりの12万円であること、「頑張ろう福島」のスローガンでマラソン、祭り、外遊びが積極的に勧められていることなどを伺い、暗澹とした気持の中、ため息が出る。福島内部からの風化をねらうような状況の中で、福島の人々の疲労感はピークに達している、と。
やり場のない怒りの中で、事故の原因の究明もされず、誰も原発事故の責任を問われないことに対し、東電、国、学者の刑事責任を求める告訴に踏み切った類子さんたち。被害者は全ての日本人だ、という思いが全国の告訴団の動きにつながった。事故の責任を問わずに真の復興はあり得ない、との思いが十分伝わってくる。

第2部の「どんぐりの森から」は、養護学校の教員をしながら三春町の森の斜面を開墾し、太陽光などで必要なエネルギーを自給自足し、丁寧な暮らしを営んできた16年の記録だ。受け身の消費だけで暮らしを成り立たせない姿勢、どんぐりの灰汁を30回の煮こぼしで抜き、営んでいた里山喫茶「きらら」のカレーに用い、どんぐり虫を炒めて食べてみる、薪を蓄え冬に備える、万緑をめでる、などの山の暮らしはあっけなく原発事故で失われた。蓄えた薪を燃せば、大量のセシウムを含んだ灰を生み出す…

人が太刀打ちできないような自然との共生は工夫と叡智と喜びを必要とし、それなのに、原発事故により瞬時に持続できない暮らし、社会へと一変してしまう。原発・核・放射能は、人間や環境と共存できないのだ。
類子さんのお話はいつもとっても自然で、優しい。熾火のような怒りと決意は私たちの体にしみこむ。

福島原発告訴団の告訴を受理した地検は、事情聴取を開始したが、政権が替わった今、厳正な捜査と起訴を求める署名で、市民の監視の力を見せていこう、という動きが拡がっている。従来より原発を推進してきた「新しい政府」の「原発ゼロ政策の見直し」「安全な原発をつくる」という欺きと高い垂直の壁に、目をそむけたり諦めたりせず、真の市民は横に拡がり、つながり、根っこを張り続けていくのだ。

類子さん、そしてご参加のみなさま、同じ時間を共有でき、ありがとうございました。(大塚恵美子)