リヒテルズ直子の「オランダ型成熟・市民社会に学ぶ」

2013年4月12日 23時34分 | カテゴリー: 政治を変える

12日、東京・生活者ネットワーク主催の、リヒテルズ直子さんの講演会に参加した。リヒテルズさんは、九州出身で比較教育・社会学を専攻された後、オランダ人の夫とアフリカ、中南米に暮らし、96年よりオランダ在住。メディアを通じ、祖国日本のあり方、教育、共生の社会について発信されている。

福島原発震災以降の日本についても触れられ、72年の原子力政策発表以降、市民の反原発運動により34基の原発をとめたオランダについて話された。かつてナチスドイツの台頭にオランダは何も言わなかった全体主義への若者の批判が運動の原動力となり、大事なことに意見をいっていくという社会に変化していった。何もいわないことは、社会に与していくことになる、と。70年代のスローガン「原子力とは、ありとあらゆる暴力によって公正が公正でなくなるもの。抵抗は義務だ。」なぜ、同じ思想をもっても日本では拡がらないのか。この当事者意識の希薄さが私の3.11以降の疑問と悩みなのだ。

この市民意識の違いは何からきたものか。2006年のユニセフの「Well Being」健康行動国際比較調査によると、オランダの子どもは、生活に満足が1位、学校が好きが4位、親に何でも相談するが1位とのことで、これは物質的な豊かさではなく「幸福度」が高いということであって、2011年に発表の小学6年生の社会的機能調査(創造的批判力を測る)でも、自己肯定、市民的態度、市民としてのスキル、共感力など、子どもの発達、機能においても「幸福度調査」を裏付ける結果となっているそうだ。

この背景にオランダ型ワークシェアリングがあるとの指摘にはっとする。「女性と労働」は議員になる前の仕事での私の大きなテーマであり、オランダ型ワークシェアリングについては、朝日新聞の竹信三恵子さんと検討、議論したことを思い出す。パートとフルタイムに差別を設けず転換もできる「同一価値労働・同一賃金、待遇」が制度化されていて、働くことだけに汲々とする生き方ではなく遊び、学び、社会貢献、育てる、といった循環ができ、自分は市民だという認識が生まれたことによる価値観の変化があったということ。オランダ型ワークシェアリングの成功は、「堤防のある国」ならではの政・労・使の合意による「ポルダーモデルであり、すなわち現在に通じる「民主的成熟市民社会モデル」である、との指摘だ。共通項がなければ前提がない、だから話さなければ始まらない、ということだ。

オランダの学校ではオランダを支える未来の市民を育てていると。1917年に理念、方法、設立における自由が確立されていて、簡単にオルタナティブの学校を創ることができ、学校の選択が可能で、選べない場合、セーフティネットとして公立の学校がある。教科書はなく、教師がつくり、デジタル化がどの教室でも進んでいる。個性と共生を重視する教育は、民主的なシチズンシップ、協働重視、ホンモノからの学び(時事問題でも)、そして特別支援教育(排除なきインテグレイト)の完全化、性教育といった学校から社会を見直すシステム理論が導入されている。制度そのものが民主的であり、比較して日本は、教科書優先、学力テスト全盛、非民主的な方が効率がいい、との観点に立っている、と厳しい指摘であり、図星であるというしかない。
リヒテルズさんの指摘は、振り返ってみる、文化を超えて外からみる、といった体験的なリフレクションが大きな意味をもっている、と思う。日本は世界とどうかかわるのか、先が読めない。狭義でしか判断できなくなった私たちへの警鐘でもある。

学力だけより社会・情動性をめざせ、とのことだが、社会・情動性へのスキルの発達が学力の発達にもつながる。グローバル化による社会的な進歩があるが、本当の目的はしあわせになりたかったはずであり、どういう制度をつくっていくのか。費用対効果として教育に手をつける、子どもがエンパワメントすることで社会は変わる。未来志向のエンパワメントだ。産業化社会型教育から脱却しない日本、と痛い指摘が矢継ぎ早につづく。

時事問題や単位取得制度など政治にも子どもが意見をいう権利が保障されていて、国は高校生のためのサマースクールを支援し、いろいろな人の参画で他の人と一緒に学び、議論し、社会・情動性を高める感情の共有も行える。その結果というか、選挙の投票率は7981%とのことだ。
教育から手をつける。これに勝るものはないな。さて、政府、どうだ、費用対効果だぞ。
そうだ、東京都教育委員会は乙武さんと山口香さんを教育委員に任命したのだった、ちょっと以前と違うかな、ここに期待する? う、う~ん。(大塚恵美子)