市制50周年「子ども議会」開催される

2014年7月30日 08時33分 | カテゴリー: 政治を変える

今年は東村山市制施行50周年。記念事業の一環として、議会のしくみを体験してもらい、議会制民主主義による住民の意思が行政に反映されていく過程を学んでもらい、直接、子どもの声を聞く機会として第3回となる「子ども議会」が、729日に開催された。
小学校15校から1名ずつ、中学校7校から2名ずつ、私立中学校から4名の総勢30人が「子ども議員」として本会議場で一般質問をくりひろげた。

6月には、各学校に議員募集の依頼をし、私たち市議会議員が議会事務局とともに、各学校に出向き、子ども議会の趣旨の説明と議会の流れや、質問の作成について簡単なアドバイスを行った。
723日には、質問通告を済ませた子ども議員全員が集まり、当日の流れなどのリハーサルが行われた。

そして迎えた29日の「子ども議会」本会議。市長から挨拶があり、オリンピックが開催された年でもあった50年前の市の様子、当時66000人だった町も、152000人の市となったことに始まり、「今日は議会制民主主義を学び、まちづくりの担い手のひとりとして、どんな形で意見が市政に反映されるか身をもって学んで戴きたい。真摯に精一杯お応えしたい」と結んだ。
10時から小学生の部。なんと終わりは1時半過ぎとなり議論は白熱...
中学生の部は2時から開始し、終わりは5時半近くとなる。

それぞれの子ども議員の姿勢も質問も、とても真剣で、それぞれの思いや根拠のある質問となっていた。
学校図書館やトイレ改修など学校の課題のほかに、特別支援教育の具体化、ボール遊びができる公園・広場の対応、国立ハンセン病療養所・全生園の人権の森構想、道路・舗道の整備、バリアフリー化、高齢化への対応、交流拠点の設置、若い人の参加によるまちの将来構想、まちの活性化や観光への観点、少子化・保育園待機児の対策、子ども・子育て支援新制度、女性の妊娠、出産、子育てへの支援のあり方、将来構想などなど、なんと下手な議員の質問より数段上ではないか!単刀直入、ストレート、ど真ん中の直球ですばらしいものだった。

それでは答弁はいかがか。すべての一問一答に、市長と教育長が応えるのだが、市議会への答弁同様に真摯かつ丁寧だった。市長も教育長も子ども扱いせず、いつもながらの誠実な姿勢で、市長は通常の議会よりも緊張し、疲労困憊した、とのことだ。
これは、傍聴に駆けつけてくれた生活者ネットワークの山内れい子都議、小川ひろみ国立市議、稲橋由美子立川市議たちも、とても評価されていた。

しかし、である。やはり業界用語・官制用語のオンパレードだし、聞かれたことにストレートに返す、というよりは、行政の行ってきたことを披露する場になってはいないか。理解を得るには現状の把握が必要だが、一方的にやってきたことに終始しがちの面も。特に特別支援教育など教育の現場の勇気をもった当事者の意見に応えきれていなかったように思う、ここは残念。安請け合いをしろ、といっているのではない、課題をぶれずに受け止め、ともに解決に向け展望することが必要なのではないだろうか。それが子どもたちへの約束であってほしい。 

正確さとは難しい言葉ではないはず。伝えたいことを明確にわかりやすさを心がける。これは、私たち市議会議員が学んだことかもしれない。いつしか、当たり前の社会から遠ざかった「言語」に満足してはいないか。肝に銘じるべき。

子ども議員さんたち、緊張もされただろうけれど、本当にお疲れさまでした。みなさん、とてもすてきだった!ありがとうございました。
市長、教育長、お疲れさまでした、緊張はされても、子どもたちの声を聞く機会を日常的に設定しましょう。10年に一度ではやはりイベントになってしまうから。 

事前に子ども議員及び保護者に、撮影などの承諾書をもらい、本会議場のほか、6F委員会室が臨時の傍聴席となりモニター画面での傍聴ができ、市庁舎1FロビーのTVではライヴ中継が行われた。なお当日の様子はインターネット録画配信される。

東村山での「子ども議会」は第3回目となった。第1回、20年前の子ども議会には、当時、七中生だった娘が出ていたのだけれど、リハーサルなどあったのか?記憶のかなただが、当日、私はプノンペンからの出張帰りでスーツケースを引っ張って、傍聴にどうにか間に合ったことを思い出し、なんの準備もしてやらなかったひどい母親だったことを思い出した。娘によると、リハーサルはあったこと、「議会を身近に感じられたよい機会だったよ」とのことで、母親がカンボジア帰りだったことなど全く忘れていた。このように親と子の視点はスレチガウことにも気づく。(大塚恵美子)