報告が遅れましたが退院しました!

2014年10月24日 12時11分 | カテゴリー: 政治を変える

1017日、秋晴れの中、娘夫婦の迎えで退院しました。ご心配をおかけしましたが、ありがとうございました。

退院前日の朝、眺めのいい病室から初冠雪の富士山と、そして虹を眺めた。この眺望にも日々慰められた。
84日に東大和病院に救急車で入院、左大腿骨頚部骨折、左脛骨高原骨折との診断で手術を。その後、急性期リハビリテーションの効果も上がり、議会と周囲の理解と支援によって、3回の市議会への登庁を車椅子で実現できた。

910日に回復期リハビリテーションを行う武蔵村山病院に転院、通算74日の入院だった。2ヶ月半の間、連日、本当に多勢の人の力で支えられた。
74日間ほぼ毎日、facebookに「闘病記」のような備忘録を書いていた。そこでも日々励まされ、時折、落込んでも眠ると回復し、のこの単純さが救い()でもあり。

力を尽くしてサポートしてくれたDr.、理学療法士、作業療法士、心理療法士、ナース、助手さん、ケースワーカー、そしてなんと110人!もの友だちが病室まで訪ねてくれた。孤立させずに支援してくれた同僚の議員仲間、それからなんたって家族。心細くなかったな、一人で生きているのじゃなかったな、とみなさまの顔を浮かべてたくさんの感謝を。

退院前日の最後のリハビリは明るい夕方の公園をゆっくり周った。おいしいコーヒーを携えて訪ねてくれた友だちせつ子さんと娘たちもお付き合いしてくれて。茜色の雲も美しかった。今をみんなとともにあることに感謝。

101日からようやく全荷重(全体重を左脚にかけられる)となったため、退院も独立歩行までいかず杖を使ってではあるが。しばらくの間、外来リハビリを週に2回。元通り歩けるかな、と不安もよぎるが、そう、杖で歩き始めてまだ2週間だ、上出来か。 

退院後のお昼を月に一度のオリーブランチ@生活クラブデポーで。生活クラブの仲間に会え、おいしいご飯を戴き抹茶と茶巾絞りも美しい。
合田パティシエのシフォンケーキを美代子姐さんから退院祝いに戴き嬉しい。お花を腕いっぱいに買って帰宅。家族とゆっくりコーヒーを。ああ我が家にいる。
たっぷりと寝て気持よく目覚めた翌日も、紀子さんがお赤飯を炊いてきてくれた、なんとお礼を言っていいやら、ありがとう。
昭子さんからもお花の籠が届き、明るいピンクに胸がいっぱいになる。
お電話もあちこちからかかり報告にちょいと追われる。まだ報告のすんでいないみなさま、お許しを願います。

新聞は止めてあったので、世間の様子がわからなかったが、市内の中学生が逮捕された事件を知る…じっとはしていられない思い。 

家の中では、杖もつかず、階段の昇り降りもゆっくりならばパーフェクト。大抵のことは自分でできる。自転車だけは当分カンベンだけれど。日常生活は忙しいものだと実感するも、社会のテンポにまだ乗り切れず、本格復帰は1週間後の25日から。26日は市制施行50周年の式典にも出席ができそう。

嬉しくてはりきり、はしゃぐが過ぎてしまうと、夜、どうしても脚がだるい。自主訓練で筋力をもっとつけなければ。

入院中に、急性期リハビリテーション、回復期リハビリテーションを体験し、診療報酬改定によって疾患別のリハビリに日数制限があり、医療経営とリハビリ存続がかみ合わないなど矛盾点に気づきを得た。社会復帰を含めた人間の尊厳の回復には維持期のリハビリのあり方、介護保険制度との関連も問われる。この気づきを活かすべき活動につなげたく思う。

みなさまの支援で無事に退院できましたが、いやはや、お大事にとはこれからのことでしょうか。これからも、みなさま、どうぞよろしく! 転ばずに気をつけていきます!(大塚恵美子)