女性ゼロ議会 2割超 女性の議員は11%

2015年2月25日 23時04分 | カテゴリー: 政治を変える

223日の朝日新聞の一面の見出し。同じ日に、毎日新聞でも同様の社説が掲載された。
全国の地方議会1788のうち、女性ゼロ議会が379と2割を超し、女性議員の比率11.7%、その女性議員の少なさから、このままでいいのかと問うている。

写真右側は「全国フェミニスト議員連盟」がセクハラ体験アンケートのまとめから作成したリーフレット、只今、伝えながら配布中。セクハラ野次と女性議員の比率の低さに相関関係はあるのよ。

女性議員ゼロ議会がこんなに多いとは世界的にみても不思議らしいが、どこにでも見え隠れする性別役割分業の実態や日頃の政府の口ぶりから見ても、こんな社会なんだよ、わが国は。社会の様相を呈するひとつの象徴だ。

東村山市議会は定数25(欠員1)で女性議員は7人、これでも多い方なのだ。東京都など大都市圏は女性議員の比率が高い方だが、都内でも利島村、新島村、神津島村、三宅村、御蔵島村、青ケ島村、小笠原村に女性議員はいない。

日本最大の女性ゼロ議会は愛媛県今治市議会だとのこと。市議34人中、女性議員はゼロだ。
光っているのが、大磯町議会は定数
13人中、女性議員が8人、男性議員が5人。
え?大磯町は女性議員が多すぎるって? そうですか、同じようにいつも私たちも思っているのよ、どうして男性議員ばっかり多いの?ってね。そういうことです。当り前、なんてないのです。

23日朝、記事を読んでfacebookに投稿したら、即「女性、女性と特別視することがセクハラでは?」との突っ込みが知人男性から。即「対等でないことをセクハラというのよ」とお返ししたら、二度と返答はなかった。女性が政治に不向きということも、参画する人が特殊な人ってことでもないのにね。男性中心、優位の社会の縮図が変えられないだけなのに。意思決定の場に、女性が少ないことの弊害は社会保障政策の質の確保ひとつとっても自明の理ではないかな、と思うのだけれど。

1945年の敗戦後に女性の参政権が成立し、1985年の男女雇用機会均等法が成立したものの、同時に対局ともいえる年金の「第3号被保険者制度」が確立された。そして均等法以来30年が経ったけれど、女性の非正規雇用化が進み、貧困化が進む。女性の不安定雇用、貧困と女性議員の比率の低さの根っこは同じ。根深いジェンダーバイアスがかかっている。
都議会の女性議員比率は全国一の19.7%で国会議員の比率より高い。それでも昨年のセクハラ野次が公然と発せられるなど、ある一定程度の比率がないと、まだまだ暗黒の地である。

世界的に見ても、極めて低い日本の比率。女性国会議員の比率が190か国中、162位。世界平均は20%を超し、スウェーデン、フィンランドなど北欧諸国は40%を超す。日本政府は2020年までに指導的地位における女性の割合を30%にすることを目標に掲げている。30%を超す国々100カ国では「クオータ制」を導入している。日本も「一定の割当て」をするクオータ制度を導入しなければ、30%達成は無理ではなかろうか。

クオータ制度には、3つの方法があり、ひとつは憲法に規定する「議席割当て」、2つ目は「候補者割当て」として法律に規定する「法的クオータ」と政党が自主的に実施する「政党クオータ」があることを学んだ。
先進国といわれる国では「政党クオータ」が多いが、近年ではEUでもフランス、ベルギー、スペイン、ポーランドなど8カ国で「法的クオータ」として実施されているそうだ。

フランスは「パリテ」という男女同数を法的に規定していて、候補者を男女同数にしなければ、政党は政党交付金を減額されるという法律がある。法の対象となった人口3500人以上の市で、女性議員が22%から47.5%に躍進しほぼ男女半々となったと三井マリコさんが伝えている。

「男女ともに○%を下回らないこと」と両性に同等な形で設計することも可能であり、また第三の性、性的マイノリティの人たちへの参画の道を閉ざさない方法も考えられるだろう。

クオータ制が日本でハードルが高いなら、「制限連記制」という選挙制度があるとのこと。戦後すぐ1947年の総選挙で使われたそうで、なんと39人の女性議員が誕生したと。でも、どうしてその制度は定着しなかったのか…探る価値あり。

いずれにしても、女性が男性みたいに生きるのではなく、仕事も家庭も子育ても介護も地域のことも、男性が女性のような生き方をすればいいのに。その方がずっと人間らしく生きられる。
男性も女性も生きやすい社会の方がいいに決まってる。
政治の場面から変えたい。(大塚恵美子)