大塚恵美子の提案①「憲法を活かす 人権・平和を守る東村山をつくる」

2015年4月13日 23時19分 | カテゴリー: 平和・憲法など, 政治を変える

 

「靖国問題」高橋哲哉先生とのお気に入りツーショット

安倍政権の暴走、アクセル踏みっぱなしの危うさ。特定秘密保護法に集団的自衛権閣議決定、ついに「教科書に政府見解加筆」まで手を出す危うさ。公明党は抑止力にならず、統一地方選前半戦は自民党が40道府県で第一党となるも投票率は45.05%、10知事選で47.14%の戦後史上最低を更新。

憲法の必要性とは、いつも多数意見が正しいわけではなく、多数意見にも歯止めが必要であり、平和、人権など多数意見でも奪えない価値があるはずで、それを守るのが憲法、とは「憲法の伝道師」伊藤真さん(弁護士)の言葉。権力行為に歯止めをかける、という考え方が「立憲主義」であり、民主主義社会においては多数派による権力にも歯止めをかけることができるものなのだ。

法律とは国家が国民に制限をかけるものであり、憲法とは国民が国家権力(多数派・強者)を制限し、国民の権利・自由を守る法、であるのに、自民党改憲草案は、新たに10の義務を国民に課し、憲法が国民を支配する道具に変質してきている。その反面、当然のように人権にはきわめて冷淡なものとなっている。

改憲草案の特徴は、①非立憲主義へ ②平和主義から戦争をする国へ ③天皇の元首化と国民主権の後退 ④権利拡大には後ろ向き、義務拡大には前のめり、であり、それは誰にとって都合のいいものなのか?

草案第9条では、戦争の反省もなく積極的平和主義を排して、専守防衛ではなく集団的自衛権、交戦権をかかげ、日米同盟強化に突き進み、国防軍として徴兵制度が早晩始まるだろう。それを補うのが草案第98条の緊急事態宣言だ。緊急事態とは戦争体制のこと。内閣総理大臣が緊急事態宣言を行うことができ、第99条では絶対服従義務を課している。災害対策ならば現行法で十分対応できるはずだ。憲法13条にある「個人の尊重」は「人としての尊重等」として個人から抽象的な「人」に置き換わりトーンダウンさせている。草案第12条「国民の責務」第21条「表現の自由」では、人権より公益や公の秩序が優先されるため、特定の表現活動及び結社の禁止義務をを課す趣旨であり権力にとって都合の悪いことは制限されることになり、TPPや脱原発を語ることも制限を受けることになりかねない。草案第24条では家族を規定し、家族は互いに助け合う義務があるとし、社会保障の充実よりも家族による扶養義務が優先され、生活保護も介護も家族が負担すべきということになりそうだ。草案第92条では、地方自治体は単なる国の出先機関に後戻りし、地方自治の弱体化という可能性が。今、争点として仕掛けられているのが、草案第96条の改憲手続きのハードルを低くすることであり、時の権力に都合よく変えることが可能となる。そして、第97条基本的人権の条項が削除されている。 

どこに行こうとしているのか、この国は。もう寝た子ではいられない。これからが憲法を活かす時だともいえるのに、憲法を語ることを一種のイデオロギーとして片づけてきた空気がやばかったのだ。
改憲のもつ意味、内容を知ってしまった以上、国にしばられる道、デジャブのような回帰を選ぶことはできない。

私の憲法についての意識というものは小学生の時に、「朝日訴訟」を学んだ時に始まる(なかなかオマセだ)。生活保護の基準が憲法の定める生存権保障に違反するとした訴訟で、「生活保護受給者は扇風機も買ってはいけないのか」と幼心に衝撃的に焼きついた。そして最近では、2005年出版の高橋哲哉の「靖国問題」(ちくま新書)。国家の装置についての決定的論考から憲法を俯瞰した。

自殺や孤独死が増え、若者が未来を描けない国。沖縄の権利をないがしろにする政権。いま、改憲とは何を意味し、権力の暴走、戦争の悲惨さ、生活がどう変わるかを具体的に想像する力をもつこと。憲法を使う暮らしの現場からの発信が重要。私も地域から発信する、もっと。(大塚恵美子)