中学校教科書はイデオロギーのプロパガンダであってはいけないね

2015年7月6日 11時20分 | カテゴリー: 政治を変える

来年度から中学校で使う検定教科書の採択に関して、61日から72日まで、市立図書館5館で教科書の閲覧があり、2日に意見を書いて教育委員会のアンケートボックスに投函した。かなり、ぎっしり入っているのが見える。
貸出禁止のため、仕事の合間に図書館に通い、主に「公民」と「歴史」の教科書を読み込んできた。各社ともに、子どもたちの理解のためにどこに力点をおくか、公平中立の観点はどこか、など考えながら読んでいくが、これはなかなか面白い。
おとなの読み物としては面白いが教科書として特異性をもち目をひくのが、「自由社」と「育鵬社」そして「学び舎」のものだ。もちろん、いずれも検定済み(検定がなんぼのものであろうと、だ)。

現在、市立中学校の公民教科書は清水書院、歴史教科書は学年に応じ帝国書院と清水書院のものが使われている。これらの現在の教科書については閲覧、貸出は可能だ。

「公民教科書」は、「自由社」が国旗国歌に2ページを費やし、憲法に関し「天皇」の記述になんと4ページも費やすなど思想信条の自由に影響を与える比重が偏り過ぎているように思う。自衛隊・自衛権の保持に関しコラムで「兵役」を載せているが、やはりイコールなのかと確認してしまった。「育鵬社」は、なんといっても目立つのが安倍首相の写真の多様だ。10数枚が散りばめられている。サブリミナル効果を狙うのか、現政権を文句なしに肯定し、憲法改正の必要性を示唆している。

「清水書院」など「子どもの訳した子どもの権利条約」などの掲載はわかりやすい。憲法の記述もすっきり明快で、平和主義、国際化時代の人権への展開も理解しやすい。

選挙制度では、「自由社」も一票の格差、メディアリテラシーに触れているが不十分であり、「清水書院」などの一票の格差、インターネット使用、選挙権年齢の引き下げに触れた箇所は適切だが、今後の18歳選挙権の記述までには当然、時期的に至っていないが、この教科書が使われる来年には行使されることになり、教師の腕の見せ所がどこまで可能か、興味深い。

「歴史教科書」は、さすがに神話から始まるものはないが、「自由社」「育鵬社」と「東京書籍」「清水書院」「教育出版」などとの扱い、記述の仕方、ウェイトが異なっている。「学び舎」は全く記述がない。
第二次世界大戦、太平洋戦争、終戦に関する記述に各社の力点、比重が異なる。一方的な考え方、偏りが目立ち、教科書として適切ではないと思うものが「自由社」「育鵬社」のものだ。この2社ともに日本の戦争を「大東亜戦争」とし、侵略戦争をアジアの解放、独立を達成させたと肯定し、戦争被害の矮小化、美化している箇所が多くみられることは適切でない。
終戦に関しポツダム宣言(安倍首相がつまびらかに読んでいないという)受諾などに関し、2社ともに「天皇の聖断」という記述をしており、違和感がある。昭和天皇の記述も2社とも比重が大きく適切とはいえない。その他でも、戦時国際法、東京裁判、戦争犯罪などにページを多く費やし、日本の参戦の美化のみならず、偏ったナショナリズムをあおり過ぎている。「育鵬社」の大東亜戦争は「自存自衛」の戦争と肯定し、植民地支配からの解放が大東亜共栄圏の建設だとのくだりには、時代錯誤を教科書に載せることはおかしいと感じる。あるイデオロギー示唆のプロバガンダに教科書を貶めることは危険すぎる。

日本の現状とこれから、においては、東日本大震災の記述に「原発事故」の記述をしているのが「清水書院」「教育出版」「東京書籍」「学び舎」であり、「自由社」「育鵬社」は無視を決め込むことは、やはり不十分である。

「新しい歴史教科書をつくる会」が分裂し、扶桑社が育鵬社に姿を変え、自由社と反目しているようだが、反米思想とかが異なるらしいが理解に苦しむわ。

まだまだ言い足りないことはあるが、概ね、教育委員会への意見には以上のことを書いた。86日に教育委員会で採択となる、どう扱われるか傍聴しましょう。

教科書採択については、沖縄県八重山地区竹富町の判断を巡り、昨年、国が市町村を単独の採択地区と認め「違法状態」が解消されたことは朗報だ。八重山地区が採択した「育鵬社」ではなく竹富町は「東京書籍」を採択したことにより3年に亘り教科書の無償提供を受けられなかったことが決着したことになる。住民の思いが実った朗報だったことを思いだした。(大塚恵美子)